・・・之は・・・

・・・歪んだ世界の物語・・・

・・・季節を忘れた東の果ての物語・・・


・・・之は・・・

・・・子供達の物語・・・

・・・大人達の物語・・・

・・・ある時は微笑みを浮かべ・・・

・・・ある時は悲しみに顔を歪める・・・


・・・之は・・・

・・・人間達の物語・・・

・・・人間でないモノ達の物語・・・

・・・ある時はその瞳に怒りを湛え・・・

・・・ある時は世界を憎み・・・

・・・絶望に吼える・・・


・・・そして・・・


・・・愛を謡おう・・・


・・・絶望と破壊と虚無の果てに一つの終末は終わり・・・

・・・新たな終末への道は開けた・・・


・・・ある暑い日・・・

・・・立ち渦巻く陽炎と蝉の声の中・・・

・・・それは始まる・・・








 西暦2015年
 特務機関ネルフ本部 発令所

 ガチャン

 受話器を置く音が室内の喧騒にかき消される。
 男が苦渋に満ちた顔で重々しく振り向く。その体躯を包む濃緑色の軍服の胸に付けられた勲章が僅かに揺れた。

 彼の背後の巨大スクリーンに映る、爆心地故の高熱に歪むその映像。
 画面いっぱいに広がるクレーター、荒地、瓦礫。
 そして、濛々と煙る中から現れる

 異形のバケモノ。

 頭のない巨人は、その巨大な体躯の・・・人でいえば首の付け根にあたる所に、白く、先の尖った仮面をもち、脈動する血の色をした球体が、その中心に埋め込まれている。
 のっしのっし、ずしんずしんと歩を進め、たまにぶーんとホバリングする様はユーモラスですらある。
 ・・・多分に悪趣味だが。

 軍服を纏った男は僅かな間の後、何かを決したかのような思いつめた表情で、ある一人の男の前に足を運び、その口を開いた。
「・・・・・・本作戦の指揮権は君に移った。・・・お手並みを見させてもらおう」
「了解です」
 それに無感情に応えた男・・・色眼鏡を掛けた髭の・・・は、今しがた起こった、不条理な現実に対して顔を歪ませる愚かな敗残者に対し、形式上の返礼を返した。
 ・・・耳障りな警告音と、緊迫したオペレーターの報告を背後に、広い室内を照らす赤い光に色眼鏡を光らせながら。

「・・・碇君。我々の通常兵器では、目標に対し迎撃手段がない事は認めよう」
 軍服の男は屈辱か、怒りか、はたまたその両方か、震えようとする声を意思の力で無理矢理押さえ込みながら・・尋ねる。
「しかし・・・・・・君なら、勝てるのかね?」
 彼の隣の・・・これまた軍服を着た、同僚とおぼしき男が後を続ける。

 対し、くっ・・・と、無骨な指先で色眼鏡の位置を正しながら、髭眼鏡はゆっくりと口を開き、言葉を紡いだ。

「問題は、ありません」

 疑いの篭もった視線を向ける軍人たちの質問に、スクリーンに映るバケモノ―――通称『使徒』―――を一瞥し、その対策組織たる『特務機関ネルフ』の長、司令、碇ゲンドウは言葉を続ける。

「そのための、ネルフです」

 絶対の自信と、愚か者に対する微かな侮蔑をこめて。

 ニヤリ


「目標が移動を開始」
 童顔のオペレーターの報告を耳にしつつ、ネルフ副指令・・・冬月コウゾウはゲンドウに耳打ちする。
「碇、どうするつもりだ?、N2地雷も効かなかったのだぞ」
「問題ない・・・じきに葛城一尉が弐号機を起動させる」
 しぶしぶと退出していく戦略自衛隊高官連中と、入れ替わりに入室するネルフの戦闘指揮を担う女作戦部長を尻目に先を促す。
「そうだろうが・・・本当に大丈夫なのか?、見たところ、使徒はまだATフィールドすら使っていないようだが・・・・・・」
「エヴァ相手では、使徒も使わざるをえんだろう・・・データは得られる。問題は、無い」
 その答えになっていない言に、冬月は内心で舌打ちする。
「・・・私は勝てるかと訊いたんだ。・・・今回の使徒、老人達が想定したモノより・・・・・・文書の記述より、随分と強くないか?
こちらは・・・未だにATフィールドすら使いこなせていないのだぞ?」
 冬月の語気が強くなる。
「所詮、誤差の範囲内だ・・・問題ない。いざとなれば、キョウコ君が護るだろう」
「しかし・・・」
「くどいぞ、冬月」
 再び口を開きかけた冬月を制する。

「・・・・・・すまんな・・・どうも年を取ると心配性になる。心配しても何もならんというのにな」
 冬月は自嘲的に呟き、引き下がった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 唐突に、何かを思い出したように、冬月は口を開いた。
「・・・彼がいれば、もう少しやり様があったのだがな・・・」
「いたとしても、所詮は予備にすぎん。・・・どちらにせよ、問題は多い」
 ゲンドウの口調に遅滞はない。
「・・・そうだな・・・・・・」

 自分達の駒の一つになる筈だった少年。
 サードチルドレンになる筈だった少年。
 我が愛すべき教え子たる、碇ユイの忘れ形見・

 ある日突然いなくなった少年。
 その生死すら不明の少年。
 傍らに佇む、碇ゲンドウの血縁上の息子。


 碇シンジ



NEON GENESIS EVANGERION
ANOTHR ONE
〜ヒトが人である為に〜
第1章
ソレは偽りの二番目の鐘



 先の作戦・・・太平洋に突然出現、そして日本本土に上陸した、謎の巨大敵性体・・・通称”使徒”の迎撃、殲滅戦において、戦略自衛隊はその全戦力の三分の一を投入。後、敗退した。
 その被害は、投入戦力の七割までもが壊滅、もしくは大破。加えて、N2地雷により一都市とその周囲3kmを荒地にし、更に周囲5kmをその影響・・・爆風や電磁波で、人が住めぬまでにズタズタにした。
 結果、『侵略者』に多少の傷でも付けれたら、その進行を遅らせることが出来たなら、彼らのプライドもスズメの涙ほどながら守られたであろう。

 しかし、現実には全くの無力。

 その進行を制限させることすらできず、無人の野を歩くが如く戦線中央を闊歩され、飛び回る航空部隊は五月蝿いとでも言わんばかりに、両の掌から伸びる光のパイル(杭)で叩き落された。
 最後の切り札、彼らが虎の子、N2地雷も、自分たちが守るべき国民の血税の結晶を破壊し尽くし、愛すべき国土を衛星軌道からでもハッキリと分かるほど大きく抉ったに過ぎない。
 そして、異形の侵略者に手も足も出ない上、国連直属の非公開組織などと言う・・・胡散臭い事この上ない連中を頼らざるを得ないという現状は、彼らの面子を完膚なきまでぶち壊した。
 その後、作戦指揮権は”胡散臭い組織”であるネルフに移り、現在に至る。


「葛城一尉、どうするの?」
 悠々と白衣をなびかせながら歩いてきたネルフの頭脳、赤木リツコ博士が問う。
「第三新東京市郊外、8番の射出口から弐号機をだすわ・・・まだ、上の兵装ビルの稼働率は三割もないしね?、潔く、正面からあたるわよ」
 黒い瞳をスクリーンに映る使徒に固定したまま、ネルフが作戦部長、葛城ミサトは応える。
 彼女はふと、何かを思い出したか、考えついたのか、くるりと振り向き旧友たる赤木博士・・・彼女が呼ぶにはリツコ・・・に尋ねた。
「リツコ、エヴァの兵装は?」
「B型装備・・・だけど、現有している内であの使徒に有効な武装は・・・プログレッシブナイフだけね」
「・・・・・他にないの?、もっと威力のあるヤツとか・・・」
「・・・エヴァの追加武装要項、読んでないの?、ソニックグレイブもスマッシュホークもまだまだ強度不足。他の物もまだまだ実用に耐えられないわ・・・銃器系もまだまだ・・・」
 期待はずれの返答に葛城作戦部長は落胆の息を吐く・・・。
「・・・最低限、飛び道具は欲しかったんだけどね・・・効果がなくても牽制になるから・・・大体なんでそこまで開発中の武器が多いのよ?、肝心な時に使えなかったら意味がないでしょうに・・・」
 その葛城ミサトのぼやきに、ふぅ、と溜息を吐いて、「わかってないわねぇ」的な・・・された方としてはかなりムカつく視線で旧友を見つめつつ、赤木リツコ博士は口を開いた。
 これにミサトはカチンときたが、何とか自制する。そう・・・ヤキを入れるのは・・・理由を聞いてからでいい・・・・・・
「お金がないのよ・・・もともと本部にあったエヴァ2機に加えて弐号機まできたんだから・・・維持費がかさんで、兵器課まで十分な予算が回ってないの」
「全く・・・上の連中は真面目に生き残る気があるのかしら・・・」
 不満げに吐き捨てるミサトにリツコは返す。
「人が生きるためにはお金がいるのよ」

 ・・・・・・・・・・・・

「やけに絡むわね」
「気のせいよ・・・技術部は色々と気苦労が絶えないから・・・きっとそのせいよ」
「ほほおぅ・・・つまり、作戦部は暇だと?」
 さらりと応える旧友に半眼になって返すミサト。

 嫌な空気が流れ出す。

「そんな事言ってないじゃない・・・私から見ても、作戦部は忙しいとは思うわよ?、作戦部はね・・・暇なのはアナタ。
今月に入ってからの日向君の時間外勤務時間の総計、知ってる?、なかなか笑えるわよ?」

 気まずい沈黙・・・額に汗を浮かべたミサトは何とかこの話から逃げようとする。

「・・・アスカの腕だけが頼りか・・・」
「解ってるなら訊かないで」

 更に気まずい沈黙。

 ミサトは再び話題の転換を試みる。
「・・・あ〜使徒の攻撃手段は?」
 戦闘指揮を控えるミサトをこれ以上いじめる気はないのか、あっさりとリツコはそれに乗った。
「現時点で確認されているのは、掌から伸びるパイル。確認されている有効範囲は最大で約50メートル。発生方法、組成共に解析不能。」
「・・・他に、何か判っている事は?」
「恐らく、弱点は胸の光球・・・コアね、そこだけエネルギー反応が異様に高いわ。
 あと、出来るだけ、コアを狙って一撃でしとめてね・・・あまり負荷が掛かりすぎるとナイフが折れるから」
「あんた・・・技術部長でしょうが・・・ちゃんと使えるもの造りなさいよ」

 再び険悪な雰囲気が流れ始める。

 赤木リツコ博士はこめかみをひくつかせながら応えた。
「・・・あなたね、いつ来るかも判らない正体不明の敵が、どんな攻撃をして、どんなものが有効かなんて判るわけないでしょう・・・大体あの使徒が固すぎるのよ」
「・・・・・・開き直ったわね」
 ジト目の作戦部長に技術部長は半眼になって返す。
「悪い?、心配しなくても次の使徒までには造るわよ・・・今回のデータをもとにしてね?」
「プログナイフ・・・ホントに効くんでしょうね?」
 大分、疑心暗鬼になっているミサト。
「それはたぶん問題ないわ・・・さっきのN2地雷の時に使徒の構成物質の強度解析したから。
あのコアが使徒自体と同じ物質なら・・・似たような強度なら、まあ、最大出力で2、3回は斬りつけて大丈夫かしら?
まあ、コアの硬度がプログナイフの強度限界以下である事を祈るしかないわね?」
「・・・なんか投げやりね・・・それに、たぶんとか恐らくとかがやけに多いわね・・・?」
「しょうがないわ、相手は使徒だもの」

「はいはい、そーね・・・ほんじゃま、今ある分で我慢しますか」
「・・・だから、解っているなら訊かないで・・・」
 リツコは何かに疲れたように溜息を吐く。間違いなく、彼女の気苦労の半分はこの旧友が原因だろう。
 それを横目に見ながら裏のミサトは心中でゴメンゴメンと誤りつつも、表のミサトは顔を引き締め、真顔で呟く。
「みんな不安なのよ・・・」
「・・・そうね」
 引き締まる空気、研ぎ澄まされる戦いの前の感覚。
 それをオペレーターの一言が解き放つ。

「エヴァ弐号機、発信準備完了しました」


 地上
 第三新東京市 市街


 ゴーストタウン。
 それこそ今の第三新東京市に相応しい・・・かもしれない。
 まあ、まだ日は高いので幽霊はでないだろうが・・・真昼間から人っ子一人いない街というのも、それはそれで怖いものがあるだろう。三流ホラー映画のようで。ただ、怖がる人間がいないのはなんだが。
 とにかく、只今ここ第三新東京市街には緊急避難警報が発令、非戦闘員である十数万の市民は全てシェルターに非難。
 そして戦闘員たるネルフ職員は、皮肉にもその更に下方にある。より安全なジオフロントにて向かい来る超常の生物を迎撃すべく息巻いている。
 地上に生命をもって動くものは無い・・・はずだった。
 市街の熱されたアスファルト上に陽炎がゆらりゆらりと漂い、兵装ビルの間を吹く風が奇妙な音階を刻む。
 そのビルとビルの間、ネルフの監視カメラを仕込んだ信号機や、遥か上空の監視衛星からの死角となる位置に三つの影があった。

「旦那、あのデカブツは今、どの辺なんです?」
 癖の強い背中まである黒髪をうなじで纏めた、背の高い欧米人であろう男が、傍らの男に質問する、皮肉っぽい不敵な笑みを浮かべながら。
「第三東京市郊外約20km、と言った所か。指揮権がネルフに移ったんだろう・・・戦自の攻撃が止んでいる。
恐らく・・このままでは市内進入まで10分・・・。下では恐らく、今ごろ人形の準備にかかりきりだろう」
 それに事務的な口調で応えたのは同じく黒髪の男。こちらは手入れのされていないぼさっとした短髪。声をかけた男程ではないが、彼もまたかなりの長身である。ちなみに、彼は東洋人。
 やや長い前髪の向こうに鋭い眼差しが窺える。口は真一文字に紡ぎ、手の中の端末に高速で流れる文字を眺めている。
「・・・プロトタイプとやらは凍結中なんだから・・・残ったのは封印中のテストタイプと・・・あ〜」
 長髪の男はうろ覚えの知識を何とか引っ張り出そうとする。が、最後がなかなかでて来ない。
「弐号機だろうな・・・半年前、ドイツ支部からセカンドチルドレンと共に本部に転属した、初の正式タイプ。恐らくもうすぐ・・・」
 短髪の男が話を補足する。
「一騎でホントに大丈夫なんかねぇ・・・っと!、出て来た!」
 ごぉぉぉぉぉぉ、と、腹に響く轟音と共に地上へ打ち上げられる巨大な物体。
 視界の遥か向こう。立ち並ぶビルの間の僅かな隙間から覗く、赤い影。
 それを確認すると、彼らは顔を付き合わせ、最後の確認をする。
「・・・俺は今からマギに『接続』し、騙しを掛ける。
レオンはその間に目的へ急げ、最短距離をナビゲートする。制限時間は45分だ・・・それ以上は連中に気付かれる」
「了解だ。葛城の旦那」
 葛城と呼ばれた短髪の男に軽く応えるレオンと呼ばれた長髪の男。
「セーラは『接続』中の俺の護衛を」
 男二人の後ろにた少女が無言で頷く。
 男達は明らかに30を過ぎていたが、彼女はまだ10代半ばだろう、金髪碧眼の上、白い大きめのTシャツから除く肌は彼女が着ている物よりも白い。
 腰に届くほど長い金髪を無造作に伸ばし、無言で周囲の気配を探っている。表情は、読めない。

 ばさぁ・・・
 羽ばたく音。舞い落ちる、一枚の漆黒の羽。
『オレサマは何ヲすレバイイ?』
 頭に直接響く声。その声は明らかに三人の頭上・・・明かりの灯っていないネオンの上にとまっている一羽の鴉が発するものだ。
「・・・不測の事態が起こった時は、お願いします」
 葛城が応える。
『ココロエタ』
「では・・・作戦開始」



 第三新東京市 郊外


 数百メートルを間に挟んで、エヴァ弐号機と使徒が対峙している。
 使徒は始めて脅威を感じたのか、相手を観察しているのか、歩を止めている。
 真紅の弐号機も又、出方を伺うように微動だにしない。
 その両者の姿は、この状況は何処か西部劇を連想させる。

 ピッ
「アスカ」
「・・・なに?」
 エントリープラグ内壁のモニターの隅に小さなウィンドウが現れ、ミサトがいる発令所と繋がる。
 発令所のミサトが問い掛けたのは、エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット、惣琉・アスカ・ラングレー。。
「使徒の弱点は胸のコアよ。掌から伸びる杭を避けつつ、一気に懐に潜り込んでケリを付けなさい。短期決戦よ」
「りょーかい・・・アタシの華麗な操縦を見せたげるわ」
 自信ありげに軽口を返す。が、ミサトはその中に微かな硬さを見つける。
「それと、今回使用できるのは試作用プログナイフ2本だけよ・・・出来るだけ使徒と切り結ぶのは止めなさい」
「心配要らないわ・・・一撃でしとめてやるから」
「ゴメンね・・・ロクな支援も出来なく「アスカ」
 湿っぽくなりそうな所で横からリツコが通信に割って入る。
「何?リツコ?」
「ちょっとリツコ!!アンタ何割り込んで・・・」
 ウィンドウの背後から微かに流れる怒声をバックサウンドに、遅滞なく話を進める二人。何気なく酷いかもしれない。
「あの仮面の挙動に気を付けておきなさい」
「・・・なんで?」
「光球・・・コアの他に、エネルギー反応の異なった場所は二つ。掌と仮面」
「あれが武器だっての?」
「リツコ!!」
 だんだんと物騒になっていく背後の声。二人は当然、無視。
「解らないわ・・・でも、その可能性は極めて高いの。波形自体も掌のそれと似ているわ」
「判ったわ、気を付ける」
 浅く頷くアスカ。
「そうそう・・・そのプログナイフは私が精魂愛情込めて創り上げた物だから、弐号機共々、出来るだけ壊さないプツン
 なにやら赤木リツコ女史の口調がやばげになって来た所で唐突にブラックアウトするウィンドウ。イタい沈黙がエントリープラグを支配する。
 そーいや最近徹夜続きだったっけ・・・リツ・・赤木博士・・・使徒から意識を外さずに遠い目をするという、なかなか器用な真似をするアスカ。
 数秒して再びミサトが現れる。
「後はあなたの判断に任せるわ」
 ミサトのやけに不自然な笑顔と彼女の背後の頭を抑えてうずくまったリツコを視界に、戦々恐々しながら辛うじて声を振り絞る。
「え、えぇ」
 怪我の功名というべきか、既に彼女の強張りはなくなっている・・・・・・ただ、これを狙っていたのかは神のみぞ知る。

 通信を切り、目の前の敵の一挙手一投足に集中する。
 見た目は、通信前のそれと変わっていない。
 しかし、弐号機に向けられるプレッシャーは確実に増している。
 丁度善い具合に緊張している。身体も、心も、最高のコンディションで目の前の敵に集中できそうだ。
 ゆっくりと、腿にマウントされたプログナイフに手を掛け、弐号機の重心を下げる。


 爆発的に膨張するプレッシャー。


 まるで申し合わせたかのように、使徒と弐号機は同時に飛び出す。
 弐号機の間合いの遥か外で使徒が『ぶぅん』と、右腕を大きく振りかぶる。
「来るっ!!」
 弐号機の状態を僅かに内側にずらし、高速で放たれる使徒の光のパイルをギリギリで避けようとする。
 ギャリ
 最小の動きで攻撃を逸らす。が、かすめただけで肩の装甲をもっていかれた。凄まじい貫通力。直撃を受けたらエヴァも簡単に串刺しだろう。
 初めから初撃を避ける事にのみ集中していたのだ。何せ、向こうのリーチの方がこちらの倍以上広い。
 だからそれを逆手にとる。むこうはリーチが長い分、小回りが効かない。一撃を放ったら、それを戻さないうちには、十分な威力の放った攻撃は撃てない。
 頭の何処かでそんな事を考えながら、弐号機の動きを加速させる。右手に持っていたプログナイフを両手に持ち変え、刃を出しながら。
 使徒の左手の二撃目が放たれる前に使徒の懐に飛び込み、真っ赤なコアに渾身の力を込めて、ズン、刃を突き立てる。

ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ

 高速で振動する刃。
 耳障りな音がアスカの、発令所の面々の耳に響く。
 弐号機の肩の筋肉が装甲板を突き破らんが如く肥大し、集約された膨大なパワーが二本の腕に、二本の腕が支える一本のナイフにかかる。
 ぐぐぐっと突き立てている弐号機の腕も、かかっている力を制御しきれない為か、微妙に震えている。
 ビクビクッと攻撃を受けている胸部を痙攣させながら、身体を仰け反らせ、使徒はゆっくりと左手を振りかぶる。
「アスカ!!」
 ブンッ
 首筋を狙った強烈な一撃。あたれば首の骨など簡単にイってしまいそうな。
 瞬間、弐号機はナイフから両手を離し、一足飛びに後方へ跳躍、危なげなく着地を決める。ずんっ
 「ふ〜、あっぶないわねぇ」
「アスカ、大丈夫?」
「えぇ」
 再び開かれる通信、ミサトの顔には安堵が強く浮かんでいる。
 アスカは誇らしげな笑みを浮かべながら口を開く。
「どう?アタシの華麗な操縦は?」

 使徒は腕を振り抜いた体勢のまま、沈黙していた。





 彼らで言う作戦開始から、10分。
 レオンなる男は緊急用のハッチからネルフ本部に侵入していた。

 先ずはジオフロント内部のネルフ本部から、その地上までまでぶち抜いている塔のようなエヴァ射出口の整備用通路をひた降りる。
 目の前に立ちはだかる何重ものハッチは彼が近づくと自動ドアの如く開き、通り過ぎると直ぐに閉まる。
 数々の警報装置、それに連動する凶悪なトラップも、何らその本懐を遂げることないままに、目の前の侵入者を見逃した。
 極力音をたてない様に、滑るような足取りで金属性の通路を小走りに。
 長い長いタラップを、ろくに足を掛けることなく、垂直落下に近いスピードで降りる。
 周囲の人の気配を探りながら。

 そして彼はネルフ本部への侵入を果たす。
 整備用通路からダクトをつたい、腹這いになり、通気口から外の様子を窺う。
 とりあえず誰もいないことを確認し、一言。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ダリ」
 これ以上ないくらいダレた口ぶりだ。が、口とは裏腹に手は忙しなく通気口を細工し、第六感は辺りの気配を窺っている。
 なんだかんだ言って、彼もなかなか器用だ。
 耳のイヤホンからノイズ交じりの葛城と呼ばれた男の声が聞こえる。
『ボヤくのは後にしろ。これから私が目的地までナビしてやる。職員に注意しつつ、目的地に向かえ』
「・・・旦那。マギにお邪魔してんだったら、俺の周囲の人間の情報とか・・・分かりません?アレ使うの、結構疲れるん・・・」
『黙れ。無駄口をたたくな。こっちは侵入を悟られんよう、忙しいんだ。
警報解除とナビしてもらえるだけ有り難く思え。
大体、この作戦はお前しか出来んのだ。文句が有るなら命令したヤツに言え』
 向こうの静かだが有無を言わせない剣幕に汗をかきながら、辛うじて口を開く。
「・・・りょ〜かい・・・・・あ〜〜・・で、ナビ頼んます。旦那」
『ああ』
 機嫌の悪い、忙しそうな声が相槌を打つ。

「・・・さて」
 ゆっくりと目を閉じ、呼吸を整える。
 身体の裡に存在するはずの我が二つ目の心臓とも言えるモノに意識を集中する。

 そしてソレは望むチカラを与えてくれる。
 四肢の隅々、細胞の全てに漲る力。
 集約する感覚。より鮮明になる世界。
 力に伴い加速してゆく意識。

 チカラの発動を感じながら、彼は次の命令をソレに与える。

 ・・・・・・・・・・・・

 準備は整った。

 滑るように通気口から抜け出し、長い髪をなびかせながら流れるように走る。
 陸上の短距離選手を鼻で笑うかのような非常識な速度で、目的地への直通エレベーターまで、一直線に。
 途中、彼は職員の目の前を幾度となく走り抜ける。が、気が付かれない。
 カンカンカン・・・と、靴音は・・・響かない。全く、これっぽっちも。
 それ以前に、衣擦れの音すらしない。これは異常だ。

 フワッ
 茶の入った後ろ髪が僅かに風に吹かれ、浮く。
「・・・・・・今、何か・・・?・・・気のせい・・・よね?」
 何かが後ろを通っていった様に感じたのだが・・・。
 ほんの僅かに感じた違和感は、今はもう無い。
「ふぅ・・・疲れてるのね・・・」

 ・・・・・・

「旦那・・・今、上はどうなってます?」
 目的地までの行程の約半分を消化したところで思い出したようにヘッドセットに呟く。
「たった今、一区切りついた」
「へぇ・・・」
 素直に感嘆する。
「もちっとかかるかと思ったんですがねぇ・・・」

「だが、これからだ」

 後、25分





「ふふん、アタシが本気出せば使徒なんてちょろいもんよ」
「アスカ、良くやったわ。5番から帰還して頂戴」


 助かったわ・・・・・・労いの言葉をかけながら、葛城ミサトは安堵する。

 攻撃が通じた。
 使徒を倒せた。
 ついでにプログナイフも折れなかった。
 おかげで隣の金髪マッドの機嫌も上々・・・今夜はさぞやビールが巧いだろう。

 ・・・・・・・・・

 話が反れた。
 使徒は弱かった・・・いや、強くなかった。戦自がコテンパンにやられた時はどうなるかと肝を冷やしたが・・・。
 何はともあれ、戦争未経験者のアスカにほぼ無傷で初陣を飾らせれた。
 これは十分な戦果だ。
 英才教育を受けた才媛といえど、彼女はまだまだ子供だ。
 幾ら相手が人間ではないとはいえ、幾ら人を殺さないとはいえ、戦場とは狂気の支配する世界だ。
 叩き付けられる殺気。
 直ぐ傍に在る死。
 伝染する狂気。
 徐々に磨り減っていく幼い精神は、何時恐怖に駆られ、何時狂気が噴出し、何時暴発するか分からない。
 ただでさえ彼女はドイツで・・・やめよう、これ以上は。

 とにかく、彼女は慣れなければならない。戦争に。
 そこから己をコントロールする術を学ばねばならない。
 そして生き残らなければならない。
 生きて彼女は・・・


「使徒に高エネルギー反応!!」
 オペレーターの叫びが、ハッ!、と彼女を己が内なる思考の海から引きずり下ろす。
「ミサト!」
「アスカ!、攻撃して!、速く!」
「分かってる!」
 ミサトの言葉を待つことなく、弐号機は使徒に足を向けている。
 腿に残ったもう一本のプログナイフに手を掛けながら。
 体勢を低く保ったまま、今一度、今度こそコアに必殺の一撃をくれてやろうと突進する。
 使徒は上体をゆっくりとこちらに向けよううとしている。
 何処となく緩慢な動きだ。
 コアの明滅も今ひとつ元気が無い。

 ・・・・・・ちゃ〜〜んす!!

 これは絶好の好機だとアスカは判断する。ニヤリ、自然と笑みが洩れる。
 使徒はまだ弐号機に向ききれていない、このままだと無防備なところに一撃くれてやる事になる。
 アスカは先以上の、文字通り必殺の一撃を叩きこんでやろうと、弐号機を更に加速させる。

 ゾクリ
 目があった。

 恐らく目と思われる、白い仮面から覗く漆黒の空洞に、えも知れぬ悪寒を感じる。震え、冷たくなる背中。脳みその片隅でがなりたてる警鐘。
「クッ!!」
 同時に使徒の両目が一瞬、カッ、強烈な光を放つ。
 バンッ!!
 弐号機のベクトルを無理やり変え、真横に跳ぶ。
 ひどく周囲状況がゆっくりと感じる。
 盛大に舞い上がる土砂。歩道の破片。
 おもちゃのように吹き飛ぶ信号機。只今工事中の標識。
 膨大な運動エネルギーが二本の脚にかかる。
 エヴァの慣性制御機構が許容限界を超え、エントリープラグを凄まじいGが襲う。
 ぐらっと縺れそうになる脚。
 不自然な体勢を立て直すべく、大地に伸びる手。バランスを取り、再三使徒に攻撃を仕掛ける・・・

 ゴウッ!

 一瞬遅れて、先程までアスカがいた後方に発現する光の十字架。
 十字架は兵装ビルの一つを飲み込み、その強化コンクリートの固まりを一瞬で塵へと変える。
「なっ!!」
 その光景、その威力を目の端に捉えながら、アスカは再び使徒の放つ殺気が膨れ上がるのを肌で感じる。唖然とする時間など、ない。
 急激に加速する、アスカを中心とする時の流れ。
「くっ」
 急ぎ体勢を立て直し、使徒の周りを高速で駆け回る。

 ドウッ!・・ドウッ!・・ドウッ!・・ドウッ!・・

 次々と連続で放たれる光の十字架。弐号機の駆ける軌道の後を正確に追尾する。

「!!・・・アンビリカルケーブル、切断しました!!、内臓電源に変わります」
 叫ぶオペレーター。表示される残り稼働時間。
 5:00:00
 搭乗者の焦燥感を加速させるように、急速に数字が変動してゆく。
「アスカ!、市街に撤退して!ケーブルの再接続を!!、速く!」
 指示を飛ばすミサト。

「く・・・了解・・・」
 顔を歪めるアスカ。
 ランダムに横に動く事で使徒の攻撃を回避しながら、素晴らしい速度を保ちつつ兵装ビルの密林へと撤退する。
 途中、閃光が何度かかすめたが、いずれも大した事はない。

 第三新東京市を観察するように暫く眺めた後、使徒はゆっくりとした動作で第三新東京市へと歩を向ける。
 のっしのっしずしんずしん
 無論、コアにはナイフが刺さったままだ。


「リツコ・・・あれは何?」
 ひとまずは危機を脱した。
 もう一度使徒と相対するまで少し時間がある。戦いは仕切り直し、戦績は一勝一敗。
 それまでに新しい作戦を立てないと、勝てない。このままではこちらが戦力的に圧倒的に不利だ。
「原理はマギでも解析不可能・・・まあ、光線兵器の一種だろうけれど・・・兵装ビルが一撃となると、エヴァでも直撃を受けたら只では済まないでしょうね。
・・・でも、視線が通ってないと撃てないみたいだから・・・市内ならどうにかなるんじゃないの?・・・ああ、そうそう、マヤ、さっきの光の連射の間隔はどの程度だったかだしてくれる?」
 作戦部長の苦悩などどこ吹く風とやたらマイペースに指示を飛ばす。
 いや、何処となくこの状況を楽しんでる節すらある。この女は。

 ・・・正確には、観察し甲斐のある研究対象が目の前にいる事に浮かれてるんでしょうけど・・・今の状況が分かってやってんのかしら・・・?

 10年来の赤木リツコ研究家として、これまでの経験をもとに分析する・・・こたえはNo。
 この旧友の知的好奇心とやらのおかげで自分は何度も酷い目に会っている。

 ・・・後ろからどついてやろうかしら・・・

 危険な考えが頭をよぎり、それを振りきる。いやいや、今は作戦を考えないと・・・。
 童顔のオペレーターがリツコの注文にはいっと返事を返すのを聴きながら、ミサトは半眼になる。
「・・・あんた・・・冷静ね」
「それが仕事だもの」
 それはそれは・・・と生返事を返しながら、アスカと通信を繋ぐ。


 ・
 ・
 ・

 敗退
 敗北
 それは彼女の中にはあってはならぬ言葉。
 幼い頃の自分との約束。

 人類の守護者。
 それが今の彼女のステータス。
 それが彼女の存在価値。

 込み上がって来る感情。
 震える四肢。
 抑え様の無い不快感。
 脳裏に瞬く過去の記憶。

 これは・・・怒りだ。彼女はそう、自分を納得させる。
 『恐怖』など自分が感じてはいけない。
 『恐怖』など自分が感じるはずが無い。
 『恐怖』など・・・
 キョウフ・・・

 ・
 ・
 ・


「アスカ?」
 モニター越しに見るアスカの様子がおかしい。
 俯き、何かを呟いている。こちらの声に反応しない。
「アスカ!!」
 !!
 ハッと顔を上げる。その顔色は悪く、何処か焦燥感が漂っている。
 ミサトはその顔に嫌な予感を覚える。無論、顔には出さないが。
 ・・・まじぃわね・・・弐号機パイロットであるアスカの欠点を、彼女はよく把握している。彼女は、硬く、脆い。
 戦闘には向いていても、戦争には向いていない。
 セカンドチルドレン、惣流アスカ・ラングレーのツヨサは酷く刹那的なものだ。
 しかし、今、現存するたった二人の貴重なチルドレンの片割れである彼女に頼らなければ、彼女に押し付けなければ生き抜けない。
 ジレンマ。
「アスカ、弐号機と使徒の直線距離が150になった時点で反対方向にバルーンダミーを出すわ。
 使徒がそっちに気を取られてるうちに、殲滅なさい」
 作戦部長として、パイロットに命じる。
 今は使徒を倒すこと意外に彼女が出来る事はない。
「・・・・・・分かったわ」
 アスカはいつもの覇気の無い声で、静かに応えた。





 彼は今、エレベーターの中だ。
 乗ってから既に10分は経つ。
 どうも落ち着かないらしく、狭い箱の中をウロウロ、カツカツと床を叩いている。
 貧血気味なのか、疲れているのか、額にはかなりの汗が浮かび、顔色は良くない。
「・・・」
 やがて、強化ガラスで四方を囲まれたエレベーターから覗く周囲の光景が変わってくる。
 初めの頃は、最新鋭の金属壁。其処を走る、大小色様々なケーブル。
 そして、下へ行くにつれ、段々と古く、暗くなってゆく。
 辺りは最新の化学の粋を集めた要塞のそれではなく、どちらかと言うと呪詛と怨霊に満ち満ちた、手入れのされていない墓場のソレに近い。
 そして、エレベーターは目的の階へと到達する。
 チーン、とすら鳴らず、無音でスライドする扉。
 ふぅぅぅぅぅぅ
 と、深く深呼吸し、彼は再び走り出した。

 カッカッカッカッカッカッ・・・・・・
 靴が金属の床を叩く音が、規則正しく闇に響く。
 来る者が少ないのか、はたまた使われていないのか、辺りには非常灯の暗い薄緑の明かりしか無い。
 カッカッカッカッカッカッ・・・・・・
 ひんやりとしていて、湿った、かび臭い空気。それには人が、生き物が存在する所にある、生命の息吹が、無い。
 既に彼が侵入してから35分。タイムリミットは近い。
 カッカッカッカッ・・・カッ。
 立ち止まる。非常灯に緑に照らされ、その姿を表している彼の眼前の扉には、七つの瞳が刻印してある。
 その下に一文。


 人工進化研究所

 第三実験場

 DUMMY PLANT


「・・・悪趣味な・・・・・・」
 レオンは一言呟き、脚を踏み出す。

 分厚い扉の開く重い音。
 暗闇に入って行く靴音。

 灯る明かり。
 浮かび上がる、禁忌。





 ハァ・・ハァ・・・ハァ・・・・ハァ・・・・・

 緊張から荒く、不規則になる呼吸。
 加速度的に溜まってゆくストレス。
 こんな時、LCLの血の匂いはストレス増加のファクターになりこそすれ、精神安定の要素にはなりえない。
 今、彼女が背後にしている兵装ビルを挟んで、直ぐそこに使徒はいる。
 ズン・・・ズン・・・ズン・・・ズン・・・と、道路を歩いている。
 アスファルトを、弐号機を、エントリープラグを仲介して伝わってくる振動。
 こちらには気付いていない・・・気付いていないと、思いたい。信じたい。

 ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 腹に響く音が地面から聴こえる。
 使徒の進行方向、道路の交差点にある射出口に、弐号機のバルーンダミーを積んだコンテナボックスが昇ってくる。
 使徒がダミーに攻撃した瞬間に飛び出し、コアに一撃・・・つまり、タイミングが肝だ。失敗は、許されない。

 ・・・・・・・・・・・・来た!!

 ガコォン

 コンテナが地上に飛び出し、同時に前面のシャッターがジャッと開く。
 試作品のハンドガンを片手に持った棒立ちの弐号機ダミーが姿を表す。カッ!
 ゴゥ!
 一瞬で光に飲まれ、コンテナごと消滅する弐号機ダミー。
「もらったぁ!!!」
 弐号機は使徒が光を放った時点で飛び出している。
 あの光の十字架は間に合わない。パイル攻撃も既に使徒の間合の更に内側だ。
 狙いは既にヒビが入り、まだ1本目のプログナイフが刺さったままになっているコア。

 勝った

 アスカ、ミサト、リツコ、他の発令所の面々も勝利を確信した時、ソレは起こる。

 キンッ!

「「「なっ!!」」」
 皆の目が驚愕に見開かれる。
 弐号機の放つプログナイフの先端、コアとの境にソレは現れた。
「ATフィールド!!」
 リツコの驚愕の声が皆の耳を打つ。
 呆然とする面々・・・ミサト、リツコ、アスカ・・・・・・
 攻撃を阻む六角形の赤い光、必殺の一撃をたやすく跳ね返す、絶対の壁、未知の領域。
 理論上の存在するモノ。
 使徒が使えるはずのモノ。
 エヴァも・・・
 脳裏にそんな言葉が浮かび、消えてゆく。
 マズッた!!・・・ミサトは心の中で盛大に毒ずく。
 ATフィールドの存在は考慮するべきだったのだ。使徒がATフィールドなるバリアーを展開できることは、理論上ハッキリしていたのだ・・・理論上は。
 ただ、N2地雷・・・人類最凶の兵器が容易く破れた事で、使徒の物理的な防御能力にばかり目がいっており、その存在を失念していたのだ。
 アスカ、逃げて!神の使いの名を持つ敵と戦いながらも、何かに祈るしかない。

 しかし最後の希望は容易く敗れ、絶望に置き換わり、絶望は全てを飲み込み、無へと返す。
 そんな人間の思いを知ってか知らずか、使徒はゆっくりと弐号機に向く。
 無形の闇を宿す仮面に見つめられ、アスカは・・・反応が遅れた。
「アスカ!!」
 ミサトの悲鳴。

 そして、画面を塗りつぶす閃光。

 一瞬遅れて、弐号機を包む光の十字架。

「ああ・・・」
 ぺたん
 ミサトは呆然とした表情のまま、へたり込んだ。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!!!

 声にならない叫び。
 見開かれた目に映るは白い光の世界。
 急速に薄らぎ、鈍ってゆく思考。
 流れてくるドイツでの幼い記憶。
 それが走馬灯などと思う余裕など、無い。

 死の恐怖は、生への渇望は、厚く硬く塗り固めた少女の仮面を剥がし、真実の己を晒す。
 忘れたはずの、涙が一筋。

 ぽろり

 ・・・助けて・・・

 アスカの意識は閃光と共に消えた。


『ハヤト』
 再び響く声。声自体は非常に中性的で綺麗だが、口調はこの上もなく男性的・・・というか、尊大で・・偉そうだ。
「・・・助けに行かれるので?」
 鋭利な刃物で切り裂かれたような様相を表わしている壁から無理矢理引っ張り出されたケーブルを接続した携帯端末を片手に、葛城ハヤトは口を開く・・・目を瞑ったまま。
 心なしか、彼の右腕が発光しているように見える。
『ウム、アノ娘ノ、助ケヲ求メル、叫ビガキコエタ。ソレニ、アルジノ頼ミモ・・・アル。
ソレト、一ツ云ッテオク、オレサマが、助ケルノデはナイ・・・オレサマハ、タダ、呼ビカケルダケダ』
 声は途切れ。
 バサァ、と羽を大きく広げ、勢いよく跳び発つ鴉。
 紅く、強く、妖しく輝く瞳。それが向けられるは、彼方に立つ光の十字架。その内に囚われる・・・


 暫くして・・・


「セーラ・・・レオンの方はカタがついた。俺達も撤収するぞ」
「了解」
 ハヤトの呼びかけに、背後に控える金髪の少女、セーラは小さな口を開き、小さく応える。
 端末からケーブルを引き抜き、後始末をする。端末を操っていた間、一度も開かれる事の無かった目は、既に開かれている。
 右腕の発光現象も止んでいる。
 そして、彼らは音も無く走り去る。

 遠くで何かが鳴いた。
 とてつもなく巨大なケモノが・・・・・・


 BGMは弐号機の緊急事態を告げる警報。弐号機の、パイロットの危険状態を報告するオペレーターの叫び。
 モニター一面に映る『EMERGENCY』
 部屋全体を彩るは、不吉な事この上ないレッドランプ。
 皆が項垂れ、絶望に打ちひしがれる発令所。
 否、発令所最上部の特等席の司令、副司令はモニターを見続けている。
 彼らはエヴァ発進の時から以前、沈黙を守っている。
 その表情に、不安、絶望の色は無い・・・かと言って、他の何かがある訳でもないのだが。
 そんな敗色濃厚な発令所に、新たな状況が童顔のオペレーター・・・伊吹マヤによってもたらされる。

「十字架爆心地中心部に高エネルギー反応!!
加速度的に増大しています・・・使徒の2倍・・・3倍・・・上昇、止まりません!!

波形照合・・・弐号機です!!」
 発令所の皆が正面モニターを注目する。
 そこには未だ消えやらぬ、光の十字架。
 突如そこから突き出される、装甲が失われたエヴァの右腕。
 ぶぅん・・・突き出された右腕を、光の内側から薙ぎ払う。
 光は一瞬で消滅し、音速を超えて振るわれた右腕は膨大な破壊のエネルギーを周囲に撒き散らす。
 瓦礫と焼け野原、破壊の中心に在るエヴァ弐号機。その姿は痛々しくも、おぞましく、禍々しい。
 頭部と胸部に僅かに残った、半ば融解している真紅の装甲。
 剥き出しになった肌は一部の隙間も無く焼け爛れている。
 モニター越しでは分からないが、恐らく、凄まじい異臭も放っているだろう。
 そして、何より異様なのは、その焼け爛れた肌が急速に治ってゆく事だ。まるで、ビデオの巻き戻しのように。3流のスプラッター映画のように。
 赤黒くめくれた肌がボロボロと剥がれ落ち、その下から新しい皮膚組織が覗いている。
 頭部装甲の隙間から弐号機本来の4つの瞳が覗いている。
 そのどれもが怒りを宿し、紅い紅い光を放っている。
 
 バキッ!
 
 辛うじて残っていた顎部の装甲が内側から、吹き飛ぶ。
 そして・・・笑った。
 にたぁり

 赤木リツコ博士はその光景を食い入るように見つめていた。
 彼女の役職は技術部長、そして、エヴァ計画・・・通称、E計画・・・その責任者である。
 つまり、彼女がこのネルフにおいて、最もエヴァに精通した人間であるということだ。恐らく、世界的に見ても、今現在、彼女以上に詳しい人間はいないだろう。
 エヴァが発生しているエネルギー、先程振るった身体能力。発令所の観測用の計器、そのどれもが彼女の予測を肯定している。
 今のエヴァは・・・その理論値を、限界を超えている。
 彼女は、考えうる最後の可能性を、知らず知らずの内に口にだしていた。

「・・・・・・暴走・・・・・・」

「・・・勝ったな」
「ああ」
 ニヤリ
 誰かが、呟き、ワラッタ。

 ここで、ネルフが作戦部長、葛城ミサトも再起動を果たす。
 親愛なる同居人の無事を確かめる為に、そして、彼女の誓いを代行するであろう弐号機を見届ける為に・・・
 ミサトは少しでも気を抜けば震えようとする身体を必死で押さえ込む。なんせ、目の前のアレは彼女の過去を、その時の恐怖を強烈に刺激し、思い出させる。

 15年前
 吹き荒れるエネルギーの嵐
 夢うつつに感じた誰かの背中の暖かさ
 己を脱出用ポッドに押し込める男
 初めて見た・・・そして、最後でもある、男の微笑み
 何時までも続く、狭い狭い暗闇の世界
 終末の血の色をした空

 光る巨人

 少女のミサトが・・・過去の亡霊が呼びかけてくる。

 あなたのじこまんぞくと、かのじょのしあわせ。あなたはどっちがたいせつなの?

 今のミサトは・・・この問を意識的にか、無意識的にか無視し、意識の奥底に葬り去った。

「アスカの状態は!」
「・・・だめです!プラグ内をモニター出来ません。こちらからの接続が全てカットされています!、オートイジェクションは・・・だめです!、作動しません!」
「く・・・!」
 己の不甲斐なさに、無力さに唇を噛む。
 中央スクリーンでは、使徒と弐号機がかなり離れて対峙している。

 突然


GWOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!


 弐号機は咆哮した。
 兵装ビルを振動させ、発令所の人間も、思わず耳を塞ぐ。
 余りにも暴力的なそれは人々の本能に訴えかけ、恐怖を加速させる。
 咆哮の終わりと共に、赤い獣は使徒に向かって突進する。
「・・・なんて物を造ってしまったの・・・人間は!」
 リツコが独り呟く。

 小さな人間の矮小な思惑など知ったことかと弐号機は己を更に加速させる。
 今度は体全体が音速を超え、弐号機の進行方向に壊滅的な破壊を撒き散らし、瓦礫の一本道を残す。
 ドウッ!・・ドウッ!・・ドウッ!・・ドウッ!・・と、使徒が光の十字架で迎撃する。が、十字架が立った時には既にその中には弐号機の姿は無い。
 余りに速すぎるのだ。
 使徒の攻撃を嘲笑うが如き機動性を維持したまま、低く跳躍、使徒に肉薄しようとする。
 ガコン!・・と、弐号機は使徒に飛びつけ”なかった”。今、弐号機と使徒との間にはあの赤い絶対障壁がある。ATフィールド。
 ぎらり・・・弐号機の4つの眼光が強く、凶悪に煌く。場に充満するプレッシャー。殺気。そして、力は顕現する。

「・・・弐号機を中心にATフィールドの発生を確認・・・位相空間を中和していきます!!」
「いえ・・・侵食しているのよ・・・」
 伊吹マヤの報告を頭の隅に捉えながら、目の前の光景に驚愕しつつもリツコは注釈を加える。
 どんどんと、虫に食われてゆく葉のように穴があいてゆく使徒のATフィールド。
 スクリーンの弐号機は、その穴の一つに神速で右腕を差込み、使徒の片腕を掴んだ。

 ブチィ!・・使徒の腕を力任せに捻り切る。
 そのまま仮面をがしすと両手で掴み、アイアンクロー・・・ミシミシと音をたて、ぴきぴきとヒビの入る仮面。
 ドウッ!
 使徒は自分ごと弐号機を十字架に包んだ。
 これには流石に不意を付かれて応えたのか、弐号機も離れる。

 再び、使徒と弐号機は対峙する。
 使徒は既に燦々たる有様だ。
 片腕は肘と思われる部分から千切れ、なにやら不可思議な血とおぼしき緑色の液体を滴らせている。
 白い仮面は所々ヒビが入っており、目の暗闇も何処と無く勢いが無い。
 身体はもっと悲惨で、全身くまなく水脹れのような腫れ物ができており、そのいたるところから、やっぱりこれまた緑の液体が流れている。
 つまりは瀕死という事だ。
 対する弐号機はぴんぴんしており、身の程知らずの愚か者に更なる暴虐を加えるべく、ぐるる・・・息巻いている。

 ・・・マズいわね・・・
 弐号機の、勇姿というには余りにも凄惨な光景を見ながら、作戦部長葛城ミサトは、本日何度目か分からないが、心中で毒づく。
 このままだと弐号機は使徒を殲滅するだろう。それは、まあ、いい。
 いや、今の弐号機はネルフの管理下から完全に離れている。よくは、ない。
 他組織につけこまれる絶好の隙となるだろう。
 が、組織のプライドうんぬん言うのも、所詮は生きてこそのものだねだ。明日に繋がっただけでも良しとしよう。
 素早くこの問題に結論づけ、意識から退場願う。
 アスカの安否も心配だが、エヴァの中はある意味、世界中の何処よりも安全だ。きっと大丈夫。

 ・・・そう、信じたい。

 さて、問題は、使徒がいなくなったら、あの力が何処に向けられるかということだ。
 このまま暴走しっぱなしなど洒落にならない。何だか知らないうちにケーブルきれて、内臓電源きれても動いてるし。
 今の弐号機は人間が制御していない分、使徒と変わらない・・・いや、使徒より強く、凶悪な分、タチが悪いかもしれない。
 何とかする方法を必死に(あくまで表面上にはださず)考える。が、思いつく筈もない。
 ふと、最上段の司令、副司令を見る。
 む・・・普段通りだ。両手を口の前で組み、顔色すら変わっていない・・・もしかしたら、口元を歪めいつものニヤリ笑いをかましているかも知れないが・・・。
 これもあなたのシナリオの内なんですか?碇司令?
 思わず上司がたまに使う言い回しをまねて質問する。あくまで心の中で。

 結論
 運を天に任せ、祈るのみ。

 結局、そんな事しか残されていなかったのだ、今の、彼ら、彼女ら、人間には。


 ビクン
 びくっ
 使徒が突然、痙攣する。びくびくっ
 自分の身体を抱えるように俯く。びくびくびくっ
 勿論、凶悪な弐号機がその隙を見逃すはずもなく、使徒に止めを射すべく突進をかける。
 むくり、使徒が上体を起こす。

 ぎょろり

 その仮面の虚ろな空洞は血の赤光に取って代わられていた。まるで、怒っているようにも見える。
 ザワリ、使徒の千切れた腕の付け根が蠢き、新たな二の腕を形成する。一瞬で。
 そのまま、だらりと両腕を垂らしたまま弐号機を迎え撃つ。
 音速を超えて突進してくる弐号機が突き出してくる、恐るべき力の篭められた二本の手をがしりと真正面から掴み返した。
 何処にそんな力があったのか、弐号機にパワー負けなど全くしていない。
 ぐぐっ・・・筋肉なんてモノが使徒にあるのか分からないが、一回り肥大する肉体。
 ・・・そんな!・・・進化したの!?、一瞬で!?・・・これは同時刻、地下深くで発せられた赤木博士の叫び。
 ずしゃぁ・・・二匹の周囲がクレーター状に陥没し、破壊の嵐が吹き荒れる。
 手と手を組み合った状態のまま、使徒の両手のパイルがゆっくりと後ろに引かれ、勢いよく突き出される。
 ずぶり、両の腕を貫かれる弐号機。噴出す鮮血。が、弐号機はそれを全く意に返さず使徒に膝蹴りをがすがすがすがす叩きこむ。
 思わず手を離す使徒に弐号機は肉薄し、仮面に殴りかかる。その腕は、こちらもまた驚異的な再生力ですでに穴は塞がっている。
 ぶうん、使徒は突き出される拳を僅かに動くだけで回避し、距離を開け光の十字架を次々に叩きこむ。
 その動きは遅滞なく、アスカ駆る弐号機と戦っていた頃に比べ、驚くほど洗練され、無駄がなく、速く、力強い。

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

 低く唸り声。それはどちらの発したモノか。
 離れ、再び、三度、四度、交錯する二匹の獣。

 がたり
 発令所最上段、碇ゲンドウは己が座っていた椅子を倒し、身を乗り出してスクリーンを食い入るように見つめる。
 他の発令所の面々は、目の前の人外の戦闘に釘付けになっており、その珍しい光景に誰一人気が付かない。
「なんだと・・・」
「碇、これは・・・」

 スクリーンの向こう側では、相変わらず、使徒と弐号機は死のない死闘を演じている。

 徐々に増していく二匹のスピード。
 音速をかるく超える動きの余波で破壊される、第三新東京市街。
 又一つ、ビルが崩れた。





「ハルカ!!、どこや!?、ハルカ!?」
 ジャージの少年はシェルターと我が家の間を駆けていた。
 彼方の戦闘の凄まじさを肌で感じながら、彼の妹の名を連呼する。
 緊急避難警報が発令された時、彼の妹は我が家に友達であるクマのぬいぐるみを取りに帰った。
 兄は、少しくらい遅れても大丈夫やろ・・・と、高をくくっていた。が、妹は何時までたってもシェルターにやって来ない。
 これが、外出禁止令がでている最中、彼が外に出ている顛末である。
 およそ、もう直我が家だろうというところで、それは起こる。

 いた!!

 先の交差点で、10歳程の少女が瓦礫に脚を捕られ、うつ伏せになって気絶している。
 ジャージ少年は不安で早る気持ちを必死に抑えながら全力で駆ける。

 ゴッ!!


 激震が彼らを襲う。少年はそれを耐え切れず膝立ちになり、少女を向いたところでその顔が凍りつく。
 交差点の脇に立つ10階建てのビルの上の方が崩れ落ち、巨大な瓦礫が少女に降りかかろうとしている。
「ハルカぁーーーーーーーー!!」
 心の限り、叫び、少女に向かって走る。
 周囲の光景が、落ちゆく瓦礫がスローモーションのように見える。
 自分の動きもまた、酷くゆっくりと感じられる。
 これから目の前で起こるであろう惨劇を本能で察してか、湧き上がる恐怖。溢れ出る涙。脳裏に流れる妹とのオモイデ。
 冗談やないで!!
 少年は届かぬことを承知で手を伸ばす。
 ゆっくりと、ゆっくりと少女に牙を伸ばすコンクリートの固まり。
 ああ・・・だめや・・・
 少年の心を絶望が支配する。
 目の前の残酷な現実から逃れようと、少年は、目をツムッタ。

 じゃっ

 コンクリの固まりが少女に落ちる瞬間、そんな音が鳴った。
 少年は、目の前に広がるであろう光景に恐怖しながら、恐る恐る、涙溢れる両目を開ける。
 飛び込んでくる光景。
 覆い被さり、恐らくは身を呈して瓦礫から少女の身を守ったであろう。黒い長身の中年男性。
 その傍らに立っている、はっとするような金髪の白い少女。
 そして、彼らの周りに落ちている無数に切り刻まれた瓦礫の断片。

 ゆっくりと、中年男性が彼の妹を抱えて立ち上がり、少年に向かってくる。白い少女もその後ろについてくる。
 何が起こったのか分からないという顔をした少年に近づき、はっきりとした、深みのある声で男は尋ねた。
「君は、この子の親類か?」
 妹が助かった事に安堵した為か、蒼白だった少年の顔に血の気が戻ってくる。
 何とか声を出そうとするが、口をぱくぱくと開くだけで、声にならない。
「・・・涙を流すほど大切ならば、次は自分で何とかしろ」
「は・・・はい!」
 かろうじて、それだけを口にし、ジャージの袖で涙の跡を荒く拭う。
「さあ・・・もう行け・・・ここは、まだまだ危険だ」
 男はにこりともせずぶっきらぼうに言い放ち、少女を少年の腕に託す。
「ほ・・・ほんまに・・・ありがと・・ございます・・・」
 少年は、妹に目立った怪我がない事に心底安心しつつ、所々どもりながら礼を言う。
「いや・・・礼は要らん・・・さあ・・・早くシェルターへ行け」

 もう一度、二人に礼を言い、頭を下げ、腕の中の妹に負担を与えないよう小走りに去っていく少年の背中を見つめながら、セーラは呟く。
「暖かい、人ですね」
 ふっ・・・少女の表情が緩み、暖かい笑みが浮かぶ。
「・・・そうだな」
 静かに同意するハヤト。こちらはやっぱり仏頂面。

 そして、彼らは身を翻し、再び音もなく何処かへ走り去りゆく。





 二匹の戦いは凄惨を極めていた。
 既に二匹とも回避などというせせこましい事はしていない。
 破壊された分、破壊する。
 破壊した分、破壊される。
 それは単純な、純然たる、殺し合い。

 千切れ飛ぶ四肢。
 飛び散る肉片。
 流れ交じり合う赤と緑の血液。
 二匹の巨大な獣の凶宴。
 豪勢な食事は血の滴る相手の肉。
 喉を潤す美酒は己と異なる色をした血液。

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお・・・

 憎悪か、歓喜か、今一度吼える。


 うっ
 熱いものがこみ上げてくる。
 伊吹マヤは目の前のエグい光景に口を抑える。
 彼女に限らず、発令所の殆どの人間の顔は悪い。
 しかし、目が離せない。誰もが。


 赤木リツコは目の前の光景に食い入っている。
 彼女の中には未知のモノに対する恐れなど、ない。
 スクリーン上で吹き飛ぶ兵装ビルから巨大な四肢にこめられた運動エネルギーを推測する。
 己の理論の限界を遥かに超えたそれを目の当たりにし、彼女は己の中で何かが湧き上がるものを感じる。
 ここまで強烈なそれは生まれて初めての事だ。
 好奇心
 探究心
 それこそ、身を焦がすほどの。


 じぃ
 葛城ミサトはスクリーンを睨んでいる。
 その表情からは、なにも読めない。
 ただ、睨んでいる。
 だが、豊満な胸の下で組まれている腕。
 その二の腕を掴む手は、震えていた。
 冷たい作戦部長の仮面の内に隠したモノは
 強大な未知の力に対する恐怖か
 愛すべき妹分を、踏みにじったモノに対する憎悪か
 血の繋がらぬ家族の無事を案じる不安の表れか
 はたまた
 過去の亡霊への復讐心か


 碇ゲンドウは平静だった・・・外面上は。
 予想外だった。
 使徒のあの強さは。
 老人達が信望する隠匿された死海文書の記述と明らかに異なるそのチカラ。
 枷の外れたリリスコピーと対等に渡り合える力など、在る筈がない。
 存在しないはずなのだ。

 ・・・・・・・・・・・・

 くっ!
 彼の思考は既にこの場にはない。
 この後
 如何にして上の老人にこの事実を認めさせるか。
 如何にして彼の計画を修正するか。
 如何にして・・・最愛の・・・・・・・・・か。


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

 聞く者の恐怖を喚起させる唸り声。
 触れただけで肉と断ち、骨を砕く音速の一撃。
 あらゆる物を焼き尽くし、原子へと還す光線兵器。
 如何なる損傷をも一瞬で治す復元能力。
 そして、それらを支える無尽蔵のエネルギー。

 永遠に続くと思われた二匹のバケモノの宴。
 終焉は唐突に訪れた。

 びー
 既に緊急事態で真っ赤な発令所に流れる。今日何度目かも分からない警報。

 「新たにエネルギー反応・・・パターン青!、使徒です!!」


 マヤの悲鳴のような報告。使徒の2体同時襲撃?既に傍観者となっている、ならざるをえない皆の脳裏に最悪を通り越した極悪な展開が浮かぶ。
 既に人知を超えた予測不能の事態の連続で、殆どの発令所メンバーの脳みその理解度は飽和状態だ。
 如何に訓練された人間とはいえ、これ以上の異常事態、異常体験は確実に恐慌を引き起こす。
「何処!?」
 その中で恐らく最も元気であろう葛城作戦部長が聞き返す。
「これは・・・交戦中の使徒の目の前です!」
 マヤも涙目になりつつも何とか応える。

 音もなくスクリーン上のの使徒の目の前の空間が歪み、穴が出来ていた。黒く暗く何処までも透きとおった。
 それを共に目の当たりにした使徒と弐号機は・・・動かない。否、動けない。
「空間歪曲?歪み?・・・いえ・・・あれは・・・まさか・・・ディラックの海!?」
 ミサトと並んで余裕のあるリツコが、冷静にとはいかないが、分析する。
 やがて穴は人一人が通れるかというような、小さな状態で安定する。

 ずるり

 中から白い腕が現れる。

 ずるり

 続いて全身が現れる。

 若い女性。年のころ、20歳ほどか。
 貫頭衣のような、非常に簡素な白いものを纏っている。
 白い肌。
 すらりとした手足。
 陽光を弾き、風になびく、くるぶしまでの長い銀髪。
 紅い瞳。
 整った・・・何処となく冷徹な顔立ち。

 あれ?どこかで・・・誰かの呟き。
 スクリーンの女性は直立不動のまま、使徒の目の前に浮かんでいる。
 形のよい女性の唇が動き、言葉を紡ぐ。
 当然ながら、発令所には聴こえない。

 ・・・時が止まったような静寂・・・

 女性の言葉が終わり、その口を紡ぐ。


 パン


 唐突に、使徒はオレンジの液体となり、弾ける。ざばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
 それなりに大量の液体が市街に降りかかる。
 至近距離でそれを浴びた女性は・・・濡れていない。僅かに赤く、薄い膜が彼女を覆っている。
 ATフィールド

 ばさぁ

 女性の肩に、何処から来たのか、1羽の鴉が留まった。
 紅い目の鴉。爛々と眼を光らせ、弐号機を見つめている。
 女性もまた、弐号機を見て、何かを呟いた。

 ・・・・・・・・・・・・
 くるり

 中空に浮いたまま、女性がこちらを向く。そう、発令所の面々を、スクリーン越しに凝視する。
 もしかしたら本当に見えているのかもしれない。そんな事を思わせる何かがあの赤い瞳には、ある。
 ふっ・・・目を細め、ホホエムんだ。
 柔らかく、冷たい微笑み。まるで、死にゆく魂を迎えに来た、死神のような。

 もう一対の紅い瞳がこちらを向く。
 ざわり、発令所の人間全てに冷たい汗が流れる。
 まるでモノを見るような、無機的な、冷たい瞳。
 獲物を見定める獣の瞳。
 呼び起こされる、大昔に失ったはずの原始の恐怖。

 しかしそれもほんの一瞬の出来事。

 虚無の空間は音もなく紅い瞳の女性と鴉を包み、消えた。


 弐号機ががくんと膝を着き、その機能を停止させる。
 獣の存在感は既に失せ、人類の人形に戻っている。

 吹き抜ける、風。

 風は使徒となれの果てである巨大なオレンジの水溜りに波紋を創り、局地的なオレンジの雨と共に創りだされた小さな虹の間をすり抜けた。
 残されたのは半ば近く崩壊し、瓦礫の山となった第三新東京市。

 「一体何なのよ・・・これは・・・」

 その呟きは誰のものか・・・・・・




 to be continued





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