罪にまみれた扉の向こう

禁忌を隠した扉の向こう

くらいくらい闇の深遠


幾百の滅び

幾千の再生

幾億の時の流れ


今、この時この場所で


幾星霜の眠りの果てに

全てを越えて現れる


汝らの名は・・・



「・・・悪趣味な・・・・・・」
 気味の悪い七つ目の刻印を忌々しげに見つめながら呟く。
 がんっ!・・と、七ツ目に軽く蹴りを入れる。耳にはめたイヤホンから「壊すなよ」と声が流れてくる。

 Pi

 その前に誰かが立つのを待っていたかのように、横のセキュリティ装置のランプがレッドからグリーンへと変わった。ぷしゅう
 圧縮空気が抜ける音と共に、長い間手入れがされていない、これからも手入れされる事は無いだろう錆の浮いた金属の扉が開く。
 おどろおどろしい暗黒が、鎌首をもたげて扉の向こうから見つめている。

「何で爺様方はンな仰々しい意匠が好きなんかねぇ・・」
 精緻な意匠が施された扉を思い出し、呆れつつも歩を進める。


 カツカツカツカツカツカツ・・・・・・・・


 彼が扉を跨ぐと、扉は全く逆のプロセスをもって閉まる。ぷしゅう


 外から侵入するモノを、内からを洩れ出るモノを頑なに拒もうとするその扉が封印するは、過去から現在に渡り続く・・・・・・人間の業。

 辺りは再び闇と静寂に満ち・・・・・・


 薄暗い灯りが禁忌を照らす・・・・・・



NEON GENESIS EVANGERION
ANOTHR ONE
〜ヒトが人である為に〜
間章
蘇える亡霊




 人工進化研究所。

 今、あくまで、その名と、その名が意味する処を知る者は世界中捜したとしても極々限られている。
 そして、その名をもつ研究所は既にこの世には存在しない・・・・・・筈だった。


 旧世紀も終わる頃。箱根と呼ばれる土地の地下で空前絶後の巨大な大空洞が発見された。
 多量の土砂に埋もれながらも全長6kmに渡るのその空洞は明らかに何らかの手が加えられており、又、それに用いられた技術が人類のそれを遥かに超えている事は、直にそれを見れば誰の目にも明らかだった。
 国連は研究機関であるゲヒルンを組織し、大空洞内部の発掘、調査を任せ・・・ゲヒルンは大空洞をジオフロントとして整備を進めた。

 その数ヵ月後、カタストロフが全世界を襲う。

 それは圧倒的な恐怖を以って、皆の関心を”生き延びる”と云う、限りない現実へと向けさせた。未知の遺産への”夢”や”浪漫”と云った空想は無用の長物と化し、その後の悪夢のような数年が過ぎて、少しずつ物が満ち始め、治安が回復し、その日の寝食を気にする事が無くなり、心身に微々たる余裕が生まれるまでは、誰もが忘れ去っていた。

 そんな悪夢の時代の最中、『人工進化研究所』はゲヒルンのとある一部門を担う研究所として誕生した。所長の名は、碇ゲンドウ。
 その研究内容及び、構成メンバーは一切公開されていない・・・もっとも、当時は誰もが気にする事は無かったが。
 又、ゲヒルン内部でもその『研究所』の存在を知るものは極々小数だった。そしてその少数は皆、ある組織に通じていた。

 組織の名は、ゼーレ。

 その事からも、『人工進化』などと云う胡散臭くもいかがわしい名称からも、その研究内容は容易に想像できる。
 ジオフロントから発掘された遺跡の転用―――それも、非合法で倫理的に問題のある―――だ。

 その『ゲヒルン』の最も暗く淀んだ影は、ゲヒルン自身が研究機関から使徒対策機関たるネルフに転身し、解体された今となっても・・・ゼーレの老人達の知らぬところでその機能を維持していた。





「・・・・・・・・・こいつは・・・また、何と言うか・・・」
 レオンは眉根を寄せて呆気に取られていた。
「知ってはいても・・・やるせれんよなぁ・・・・・」
 顔を強張らせ、内からこみ上げてくる不快感を押し込めることなく発露させる。
「委員会の妖怪ジジイ共も、ここの髭眼鏡もよくやるぜ・・・全く」


 目の前に広がる、その光景。

 オレンジの液体・・・LCLの詰まった巨大な水槽。

 その中に漂う・・・

 無数の生きた人形達。

「最初の適格者、ファーストチルドレンのダミー・・・・・・リリスの一欠け・・・か・・・ガキどもにぁ、見せられるもんじゃあ・・・・ねぇな・・・」


 空色の髪
 紅い瞳
 抜けるような白い肌
 整った、純和風の顔立ち
 控えめな胸
 抱きしめれば折れそうなほどに、くびれた腰

 生気なく、動く物をただ追い続ける瞳
 空虚な笑いを湛え続ける唇
 魂なき有機物の集合体

 人の罪の証

 ぎょろぎょろぎょろぎょろぎょろぎょろぎょろぎょろり・・・・・・・・・
 暗い明かりに反射する無数の瞳が一斉にレオンに向けられる。
 その視線を一身に受け止め、その内に秘めたる強靭な精神力を持って、弾き返す。

 意思の全く篭められていない視線というのは酷く恐ろしいモノだ。
 人はあらゆるモノを見る時に、あらゆる感情を、意思を、心を篭める。

 好意、殺意、愛情、憎悪、執念、嫉妬、欲望、好奇、羞恥、後悔、怒り・・・・・・
 ・・・・・それこそ、言葉では表せぬ程に、多くのモノを。

 カノジョらのそれは人の云う無心と呼ばれるものともまた違う。
 人の無心とはあらゆるモノをかえりみない事、あらゆるモノにとらわれない事。
 カノジョらのそれは石の無心、カノジョらの内には意思が、心が、魂がない。
 故にカノジョらの視線は痛く、恐ろしい。どこか昆虫の複眼の様な無表情さを見せるから。


 ・・・・・・・・・・・いかんいかん、感傷的になっちまった・・・まったくもって、俺のガラじゃあ・・・・・ない。


「・・・感傷に浸る時間もない・・・さて・・・お仕事といきますか」
 彼は時計を一瞥し、速やかに思考の世界から決別すると、ぐっ、と懐に手を入れ、ビー玉より多少大きい程度の紅い小さな球体を二つ、取り出した。
「さあ・・・御二方とも、着きましたよ」

 その言葉が終わると共に、二つの球体はゆっくりと明滅し始めた。

 そのまま球は紅い光となり

 水槽の中に消える

 やがて

 人形の一体が変貌を始めた・・・


 オレンジ色のLCLという名の生命のスープの中で、膝を抱えてまるまって・・・・・・まるで、胎児のように。

 その肢体は急激に年を重ね、およそ肉体年齢は20歳程となったところで成長は止まる。
 成長に伴い、踝まで伸びた髪は蒼が抜け落ち全き白となり、光沢を帯び、あらゆる光を弾く銀髪となる。
 顔の造型からも少女の幼さが消え、女性の美しさが取って代わった。

 ものの数分で変貌は終わり、その閉じられていた瞳がゆっくりと開かれる。
 無を湛えていた虚ろな両の瞳は紅い光をそのままに、明らかに冷たく、強靭な魂をその内に秘めている。


 女性は視線を移動させ、強化ガラス越しにレオンの姿を見つけると、ゆっくりとLCLを掻いて彼の近くへと移る。
 そして強化ガラスの前まで移動すると、再び両の目を閉じ、おもむろにガラスに身体を向かわせた。
 瞬間、ずるりと彼女の身体はLCLと外気を遮る強化ガラスを透過し・・・・・・レオンの目の前にぺたりと降り立つ。

 ぶるり 身体を震わせる。

 長い長い髪から飛んだ水滴が宙を舞う。

 部屋の鈍い光を反射させ、銀色の髪は幻想的な虹色の色合いを見せた。

 彼女の、その水滴を弾く滑らかな肢体は、性的ないやらしさよりもむしろ女神のような神々しさを見せている。

 ザワリと体中の毛という毛がが総毛立つのを感じる。背筋から後頭部に掛けて軽い"ひきつり"が走った。

 彼は軽い驚きと共に、自分が感動している事に気が付いた。


 しゅうううううう

 彼女の周辺の大気が急速に霧となり、その肢体を覆う。

 白い霧は鈍い光と混じり、絡み合い、その様相をより明確にしていく。

 やがて霧と光でできたソレはゆったりとした白い貫頭衣の状態で安定し、たおやかな彼女の肢体を包んだ。


 一連の出来事を青く黒い眼で捉え、"彼女"に向けて口を開く。
「お初にお目にかかります・・・・・私はレオン・ギルフォート。気軽に”レオン”と呼び捨てていただいて結構です。・・・・・貴女は・・・何とお呼びすれば?」
 普段の皮肉げな笑みの替わりに柔和な笑みを貼り付けて、ぺこりと優雅に一礼。
 その人に在らざる力の発現を目の当たりにしても、何事もなかったかのように。
 先程まで散々悪態をついていた人物とは思えぬ様な、丁寧な物腰と挨拶。その礼も、実に様になっていて、違和感がない。
 女性は、ゆっくりと頭を上げたレオンの眼を真正面から見据えつつ、形の良い唇を開いた。

「名は、無い。各々の時のモノ達が呼んでいた呼称は在るが、その多くはお前達には聴き取る事も発音する事も出来ない。
好きに呼んでくれて・・・・かまわない」
 やや冷ややで平坦な、だが綺麗に響く声が鼓膜を打つ。

「では・・・とりあえずは、人に伝えられる名で・・・嵐の御使い、管理者、サ」どんどんどんどん
 その言は、銀髪の女性の背後でガラス壁が内側から叩く音によって遮られた。半歩横にずれ、背後を向く女性。レオンは彼女が退く事で開けた先の空間を見つめる。


 一人の少女が、ガラスケース上の水面から上体を出し、ガラス壁の縁に腕を絡ませ、二人を見下ろしていた。腰から下はLCLに浸かっている。
 少女の外観はケース内に漂う他の少女達と全く同じ・・・だが、目の前の銀髪の女性のように姿形は変化してはいないものの、その表情が、その紅い眼が、少女の明確な意思と多様な感情を表現していた。
 ・・・もっとも、今は不満げな顔をしているが。

「ねぇ〜、あたしは無視ぃ?」
 やたらと鋭い刺が含まれているものの、可愛らしい少女の声。
「あぁ・・・そう言やぁ・・いたんだったなぁ。・・・もう一人」
 先程までの調子とは170度ほど反転した無遠慮な態度でレオンは返す。
「・・・なんか、彼女と扱いが随分違うように思えるんだけど?」
「ああ、そのつもりだが」
「・・・・・・なんで?」
「俺ぁ、ガキにゃ興味は無ぇからな」
 至極真面目な顔で答えるレオンに少女は顔を引きつらせる。

「・・・普通、初対面の、それも本人の前で、言う?」
「正直者なもんでな」
 小さな唇の端を引き攣らせる少女に真顔でそうのたまう。
「・・・・・・自分自身を『正直だ』、なんて言う人、信じられないわ」
「ああ、俺もそんなヤツは信じない」
「・・・・・・・・・・レオン君・・・君、いい性格してるね・・・・・・」
「ああ、よく言われる」
 平然と言い放つレオンに少女は呆れた表情を返した。


「・・・・・・漫才はその位にしてくれないか?」
「おっとそいつは失礼を・・・サキエル殿。どうやら外もおしてる様なんで・・・さっさとこんな辛気臭い場所出ちまいましょう」
 真顔で辛辣な言葉を吐く、サキエルと呼ばれた銀髪の女性。耳にはめたイヤホンから流れてくる上の状況報告を聞きながら、レオンはおどけて返す。
「サキエル・・・それが私の名か?」
「ええ・・・・・・で、向こうのあれがレリエル嬢ちゃん」
 サキエルなる銀髪の女性に正面から向かい合って頷き、肩越しに水槽の上の少女をぴっ、と親指で指す。
 レリエルなる少女はそのぞんざいな扱いに頬を膨らまして不貞腐れている。

「い〜ですよ〜だ、ど〜せあたしゃ〜ガキですよ〜」
 そんな事をボヤきながら、いそいそと水槽から這い上がり、「わ、わわわ!」ぼて、バランスを崩し落ちる。
「あたた・・・」腰をさすりながら立ち上がった。涙目になっている。
 そしてぶるぶると身体を震わせ、彼女も水気を弾き飛ばすと同時に・・・・・・彼女も又、目を瞑った。


 何かと呼応しているかのようにゆらゆらと揺らめくオレンジ色の湿り気を帯びたままの蒼髪。

 すー

 深く静かに息を吸い込み始める。空気が肺に溜まっていくに伴って、白く薄い胸が徐々に反らされる。


 そして発現する、夜色の力。


 辺りの闇があたかも意思を持ったかのように、音も無く少女の周囲に漂い、集い、凝り固まり・・・・・漆黒の絹となる。

 一切の光沢は無い。光をも捕えて放さない、ブラックホールのような、全き”黒”。

 絹は少女の肢体を包み・・・・・・黒き衣を創った。


「うん、まぁこんなもんか。上出来上出来」
 そう云ってくるりと一回転すると、とてとてぺたぺたと少女レリエルは二人に近づく。


 白と黒
 光と闇


 相反しながら切り離せない、白と黒のコントラスト。
 二人並ぶ事で、それはより強く強調される。

「で、もうここからオサラバすんの?」
「いんや、ちょいまっとくれ・・・・・サキエル殿、あれはいったい如何するんで?」
 少女を軽く受け流し、どこか探るような視線を二人に向けて、くいと顎で水槽を指し示す。
「彼から聞いていないのか?」
「俺らの大将は貴女方に任せると、ただそれだけ。で、如何するんで?」


 女性・サキエルはくるりと振り向き、水槽を、その中にうつろい漂う魂の入れ物に視線を向ける。

「これは・・・在ってはならぬモノだ」

 真紅の瞳に力が篭る。その冷たさ苛烈さは彼のゴルゴンの魔女の如し。彼女を中心に場に壮絶なまでの"存在"が満ちる。

 ビクリ

 水槽中の少女の姿をしたモノ達が反応した。微笑みも笑いもそのままに、ただ水槽を奥へ奥へと移ろうとする・・・まるで、逃げるように。
 魂無く、心無くして”存在するだけ”の存在であるカノジョらすらも恐怖させる・・・絶対的な”存在”。

 誘蛾灯に群がる蛾のように。
 熱い日中のアスファルトに陽炎が漂うように。

 その"存在"に当てられた生あるモノ達が萎縮するのは当然であり、自然だった。

 先程とは正反対の"ひきつり"が背中を走り抜けるどころか賭け回っている。
 平然とした仮面の向こうで本能がけたたましい警鐘を掻き鳴らして暴れまわる。
 じっとりとした嫌な汗が背中と云わず、全身から。

「だが、それは我等とて同じ事」

 フッと目を閉じる。一時を置いて開けられたそれは之までの冷たい光に戻っていた。
 場に満ち満ちていた気配も静まっている。


「別に、私はどうこうするつもりはないよ。だから、ヒトを試すのは止めてくれ」
 銀髪の女性は僅かな、本当に僅かな苦笑の笑みを浮かべる。

「しませんよ・・んなおっそろしい思いをするのは、もうこりごりだ」
 ふぅ、盛大に安堵の息を心中で吐き出しながら、気恥ずかしげに俯き加減にそれだけを口にする。

 少女はそんな彼を下からぴょこんと覗きこんだ。真っ赤な瞳をくりくりと動かして。

「でもね、でもね、あのコ達は何時か誰かが壊さなければならない。殺さなければならないの。あのコ達には悪いけれど、あのコ達は”今はまだ”この世界に在ってはいけない存在だから」

 首を動かし、感情の篭められていない眼でオレンジ色の水槽を見やる。

「あのコ達もまた、この世界の因果律を狂わせる要因の一つ。この世界に在ってはならない、存在しない筈だった”知識”の欠片なの。
そして、本来ならば、世界を破綻させるモノを消し去るのは、全能を不完全ながらも受け継ぐ”管理者”たる貴女の仕事」

 サキエルなる女性に視線をやる。

「だけど、あのコ達を”殺す”のは私達の役割じゃない。勿論、あなた達でもない」

 そのまま横に・・・レオンに視線を移す。

「なぜなら・・・・・・過去との・・・・運命との決別は、自らの手で行わなければならないのだから」

 少女が語り始めた頃からだろうか?、少女の姿に重なって、もう一人の真っ黒な女性の姿をレオンは”見た”。
 その黒い女性の容姿は傍らのサキエルと呼ばれた白い女性と瓜二つ。そして唯一異なるその髪は真夏の夜色だった。


「そう・・・・・・だから私達は今、ここにいる。己もまた、世界を破綻させる知識の欠片だと気付いたが故に」

 レリエルの言葉にサキエルが続く。

「幾億もの滅びの果てに辿り着いた偶然。それが『彼』との誓いであり、それは我等にとって、只唯一の光明なのだ。我等を縛る鎖を断ち切るためにはな」


 ・
 ・
 ・
 ・


「っとまぁ、こんなもんでどーお?」
 サキエルの言葉が終わると同時に、レリエルはにゅうっと、レオンの前に顔を突き出した。
 黒い女性の面影はそこには無い。あるのは只、好奇心に光る無邪気な子供だけ。
「心配しなくても、私達はあんた達の敵になったりしないわよ。だって私達、人間じゃないから”裏切り”なんて感情知らないからね?」
「はいはい・・・了解ですよ。疑って悪かったな・・・レリエル嬢ちゃん」
「ぶ〜、まだ子供扱いする!」
 ぷく〜と、リスのように頬を膨らませる。
「さぁ、さっさと始めちまって下さいや。・・・上は結構大変な事になってるみたいなんで」
「おやま、もうそんな時間?、そりゃ失礼、そんじゃま、いくよ〜」

 その言葉の終わりと同時に、少女の髪の一房が伸び始めた。

 長く・・長く
 黒く・・白く

 黒と白の長い長い”糸”となった髪は、三人を中心に一個の繭を綾なそうとする。

 交差し、雑じり合い、分かれ・・・創りだされた立体的な白と黒の幾何学模様。

 それは段々と小さくなって・・・・・・しゅぽん。そんな音が似合うほどに、あっけなく消え去った。


 これは罪の扉の向こう側。
 無形の闇の中での出来事。




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