暗く深い、光も届かぬ海の底から浮かび上がるような、浮遊感。
身を包むは、身を凍らせるほどに冷たい深海の冷水ではなく、暖かくも冷たくも無い、だが、心地よい夢のまどろみ。
少女は薄目を開き、ぼんやりとした思考をもって辺りを観察した。
ゆっくりと上昇する。自身を取り巻く、まるで塗りつぶしたかのような『深海の真っ暗』に光が少しづつ射してゆく。
少しづつ薄れてゆく『黒』の本来の色である、透き通った『青』が目立つようになった。
下を向く。深海の暗黒が渦を巻いていた。ぶるりと背筋に怖気が走る。
上を向く。ゆらりゆらりと波打つ白い『水面』が見えた。その先にある光源が眩しい。
周りは自分の瞳と同じ青い海だ。
ゆっくりと、ゆっくりと『水面』へと上がってゆく。
やがて黒は駆逐され、青も薄れ、辺りには白い光が溢れていた。
夢うつつの心地よいまどろみは薄れゆき――次第に明瞭になる意識―――
結合する記憶の欠片―――去来する――絶えがたい―――現実。
秀麗な顔に苦悶が浮かぶ。ぴたりと、その上昇が止まった。
『水面』―――それは夢と現を隔てる境界。
越えれば己は目を覚ます。
越えれば汝は現に独り。
超えねば己は眠ったまま。
越えねば汝は夢にうつろう。
あまいあまい囁き。
黒い情念が遥かな下で渦を巻き、誘惑の声を挙げる。
「行きたくない」「ここは心地よい」「目覚めたくない」「現実なんてまっぴら」・・・・・・・・・
少女の意識は、待ち望んでいたとばかりに、その誘惑に食いついた。
意識の奥底に少しづつ、徐々に、段々と、確実に自身を”堕として”ゆく。
両の目蓋は再び安息を求め閉ざされる。
白い現実から遠ざかるにつれ、黒い夢中に近づくにつれ、まどろみは再び深くなり―――――そして、コエが聞こえた。
『逃げるのか・・・?』
「・・・・・・・・・・・誰・・・?」
NEON GENESIS EVANGERION
ANOTHR ONE
〜ヒトが人である為に〜
第3章
ASUKA T
少女はどんどんと霞がかり、曖昧になってゆく意識を無理矢理覚醒させ、ゆっくりと目蓋を開けた。そして、自らを取り巻く白と黒の狭間の世界、彼女の瞳と同じ青い世界を見渡した。
真っ黒な深海から何かがやってくる。力強く羽ばたき、真っ黒な何かが向かって来る。少女はそれを確認して、身構える。
ばさり
一羽の鴉が少女の眼前で静止した。その鮮血の眼が少女を捉える。
ぼん、一瞬で鴉の黒が膨張した。
漆黒の羽の一枚一枚が、まるで生き物のように躍動し、溶け合い、分離し、瞬く間に一個の人型を作った。ご丁寧に着物のような、ゆったりとした衣服を着ている。
『ふむ・・・』ぐっ
その人間もどきは今、右の掌を握っては閉めを繰り返している。身体の出来不出来を調べているようだと少女は思った。実際、そうかもしれない。
その人型・・・人間もどきは、人で言う所の10代後半から20代前半に見えた。ベースは東洋人だろうか。艶やかな鳶色の髪はやや肩にかかっている。
少女より頭ひとつ高い、男にしてはやや小柄で、女にしてはやや長身だろう。
男女の判別がつけがたい容姿をしていたが、ややぞんざいな物腰と、その風体の中でも一際異彩を放っている、紅い瞳が発している光・・・辛うじて『目つきが悪い』ではなく『鋭い』に分類される・・・から、男だろうと少女は見当をつけた。
『始めまして・・・・になるのか、惣流アスカ・ラングレー』
「・・・誰?」
にこりともせずに、挨拶と言うには余りにも素っ気無い挨拶をする青年(推定)に、再び少女は問い掛けた。
『・・・お前の夢の産物だ・・と云えば、信じるか?、どうしても呼び名が必要だと言うのならば・・・・・・アラエルとでも呼べ』
暫しの黙考の後、青年は静かに応えた。
「・・・・・・アラエル・・・ね、確か、天使の名前・・・だったわね?」
『・・・そんな事は知らん。人間どもが勝手にそう呼んでいるだけだ』
未だ睡魔はその手を引っ込めてはいない。気を抜けば一気に連れて行かれるだろう。
少女は薄れそうな意識に気合を入れ、言葉を紡ぐ。
「此処は・・・」
『お前の意識のおよそ中層。暫し前までお前がいた所は、深層の最奥だ』
――――――思い出した。一気に眠気が覚める。
「ねえ!、さっきのアタシと同じ顔したコは・・・」
『・・・・・・・・知らんな』
知ってはいるが、答える必要はないという意思がありありと表に出ている。
何で、と問い詰めようとしたその時、『アスカ』の言葉が思い出された。・・・『ママが心配している』『自分で気付いて』。
・
・
・
・
・
・
少女は母を毛嫌いしていた。
実験の毎日で、家庭を振り返らなかった、母。
幼い頃、とある実験の失敗で精神の均衡を失った、母。
「ママ、アタシを見て!」
少女が物心つく前から既に父とは別居し、仕事の人であった母に、幼かった少女は何時もそう訴え、己を”良く”見せ、振り向いて貰おうとしていた。
その母は、実験の失敗により病床の人になってからは、これまでのそれを取り戻そうとするかのように愛を注ぐようになった・・・・・・・・・実の娘ではなく、血の通わぬ人形に。
母の瞳にはアスカの変わりに物言わぬ人形が映っていた。
母の心は壊れていた。
そして、母が生なき人形を愛でるのをガラス越しに見た、その日から、少女が母を求める傾向はより強くなった。
その為に、少女は努力した。
スポーツも、勉強も何もかも、皆、一番になった。
大学も卒業した。
全ては、人形より自分の方が素晴らしいと証明する為に。
ママのために。
そして――――――運命の日。
「ママ、アタシ選ばれたの!、人類を守るパイロットに!」
バタン
医師や看護婦の静止を振りきり、今度はという確信を伴った喜びと共に、少女と母を隔てていた一枚の扉を開けた。
そして、青い瞳は絶望に見開かれた。
部屋の中央で首を吊っている母を捉えて。
ぶらん、と垂れ下がる母の足元には、あの人形が転がっている。
ハサミを突き立てられ、その臓物と言うべき白い棉を覗かせて。
その日、少女は独りになった。
後日、母の葬儀の時、少女は泣かなかった・・・感情を全く見せなかった。
醜く泣き喚くのを少女の精神は拒絶した。泣くのは弱いからだ。
そしてそれからも、母の親戚の家に引き取られてからも、少女は決して泣く事無く、又、決して新たな家族に心を開く事はなかった。
他人に頼るのは弱いからだ。
ママが自殺したのも弱かったからだ。
アタシは強い。だから一人でも生きていける。
決して人に頼るもんか!
ママみたいには絶対にならない!
アタシにはエヴァさえあればいい!!
同年代の子供達と比べて、遥かに突出した知識と知能。
歳を重ねた大人と比べて、遥かに未発達で、純粋な幼い心。
片方だけならば、彼女が大人ならば、子供ならば良かったかも知れない。
だが、不幸な事に、少女はその両方を持っていた。
少女の中の大人は泣き喚く事を、人に頼る事を許さず。
少女の中の子供は辛い過去に見切りをつける事を拒んだ。
そして、少女は選んだ・・・・・・自身にとって、最も辛い生を。
・
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・
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『自分で気付いて・・・』
何故自分がそんな事をしなければならないのだ?、あのコの事情など、どうでも良いはずなのに。いや、それ以前に、何故アタシはあんな醜態を曝したのだろうか?、ママの事はもう振り切ったはずなのに・・・。何故、あの少女の言葉は、瞳はそれほどまでアタシを揺さぶるのか・・・・・・。
『・・・惣流アスカ・ラングレー・・・・・・』感情を押し殺した声をあげる青年。少女は思考に耽っている。反応は無い。
あのコは、アタシを心配していた。下らない、アタシは他人に心配される程落ちちゃいない。同情なんてまっぴらだ。
昔からそんな連中は沢山いた。「かわいそう」、「元気出して」、「相談に乗るから」そんな言葉を吐きながらにじみ寄ってくる。
そいつらの眼は大嫌いだ。訳知り顔でずかずかと他人のプライベートを覗こうとする。あの自分より不幸な人間を見て優越感に浸る、上辺だけの偽善者の眼は。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あのコの眼は・・・・・如何だった?・・・・心地よかった・・?・・・嫌悪など欠片も抱かなかった?・・・・・・抱けなかった。
・・・・・何故?
あの青い瞳はアタシよりもずっと透き通っていて・・・・・・それに映るアタシが、酷く薄汚く見えた。
『・・・・惣流アスカ・ラングレー・・・・・・・・あー・・・・小娘』青年の声に不穏なものが混じる。
あんなに落ち着いたのは・・・・・・・・安らぎを感じたのは・・・・・・・・・何時以来だろうか?、もう、何年も忘れていた感覚。
そう、最後に感じたのは・・・・・・・何時だったろうか?
『・・小娘・・・・・・・・・ちんくしゃ』
その不穏な呟きをプライド高い少女の地獄耳は拾い上げる。
「あんですって・・・」
『ヒトが声をかけとるんだ、反応ぐらい返せ』
腹の底に響くような怒声に、青年は不機嫌そうに顔を歪めながらぴしゃりと言い返した。
「うっさいわね。せっかくいい所まで思い出してたのに、アンタのせいで忘れちゃったじゃないのよ。アンタ、アタシの夢の一部なんでしょうが?、だったらアタシの考えに口挟むんじゃないわよ。大体アンタ、一体全体何しに現れたのよ」
一気にまくし立てた。若干息切れしたのか、少女は肩で息をしている。
青年は少女の息が収まるのを待って、言葉を切り出した。
『そう、それだ。お前は目覚める気があるのか?』
「どういう意味よ」
『そのままの意味だ。この夢から抜け出し・・・あの赤い人形に乗るのかと聞いている』
「・・・・・乗るわよ」
『先程二度寝しようとしていた人間の言葉ではないな』
「乗るわよ!、それでいいんでしょう!!」
『・・・重要なのはお前の意思だ。俺様は関係ない。お前自身はどう思っている?、乗りたいのか?、乗りたくないのか?』
「弐号機にはアタシしか乗れないのよ?、アタシは皆に必要とされてるのよ!?、乗りたいに決まってるじゃない!?」
『さて・・・・・・どうだか・・・』
「何が言いたいのよ!?」
『俺様は『セカンドチルドレン』に尋ねたのではない・・・『惣流アスカ・ラングレー』の意思を聞いている』
その言葉は少女の言を詰まらせた。
『人に己を知らしめる・・・などと言う、安っぽい誇りの為ならば、忠告してやる。止めておけ。・・・・エヴァンゲリオン・・・だったか?、あれはそんな下らんもので御しきれるモノではない』
「下らないですって!?」
『その通りだ。現にお前は”偶然”エヴァが暴走しなければ既に死んでいる』
その言葉にびくりと少女は身体を震わせた。
青年は『優しい』などと云う言葉の対極にいるような雰囲気を纏っている。その口は辛辣だ。
『・・・小娘。お前は弱い』
「アタシは・・!!」
強い・・・その言葉が吐けなかった。
『聞け。お前の弱さは精神的なものだ。お前は硬く、脆い』
「そんな事・・」
『行き場を失い、際限なく膨れつづける風船のようなものだ。何時かは破裂し、地に落ちる。再び浮く事は決して無い』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
少女は俯く。
反論しない・・出来ないのは、知らず知らずの内に、青年の言を認めてしまった己を自覚した為か。
『その自覚は・・・無いだろうな?、回りのオトナ達も、見て見ぬ振りか』
少女は歯を食いしばる。
『煽てられ、持て囃されて植え付けられた”歪み”は時と共に育ち、肥大する。それは負に働きこそすれ、正に転じる事はない・・・自身にも周囲にもな?』
その華奢な体が小刻みに震える。
『自分の価値を知らしめる?・・・そんな下らん”存在理由”も作られたものだと思わんか?』
形の良い爪が食い込まんばかりに、両の拳に力が篭る。
『呆れたものだな、ネルフとやらも。そんな致命的な欠陥を持った兵士を使い続けるとは・・・』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『人類の未来とやらも、このままでは先は暗いな・・・』
感情を交えず、淡々とした口調で青年は語った。フンッ・・・と、鼻で笑う。
その嘲笑は少女の最後の自制心を断ち切った。
ぱんっ!・・・乾いた音。
少女の平手が青年の頬を捉えていた。ばっ!、と、勢いよく顔を上げる。
今にも泣きそうな、赤い顔。だが、目尻に力を込め、涙の代わりに苛烈とも言える青い眼光を持って青年を睨む。
青年もまた、鮮血の眼光を持って真正面からその視線を受け止めた。
「アンタ・・・・・・・・・・てなさい?」
聞くものをぞっとさせる、冥界を彷徨う幽鬼が発したような、壮絶な声音。
「・・憶えてなさい!、次会う時は絶対に吠え面かかしてやるんだから!!」
言うや否や、少女は勢い良く上昇を始めた。
『フン・・・・・・』
青年は僅かに赤くなった頬を顔色を変えずにさすっていた。
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『・・・・・・之でよかったのか?』
「ええ・・・優しく宥めるだけでは、」
青年は上を眺めながら呟いた。もう少女はかなり上まで昇っている。直に白い境界を割るだろう。
その呟きに応じたのは、あのもう一人の『アスカ』だった。するりと青年の背後から現れ、彼の隣りで、小さくなっていく少女を共に眺める。
「あの子は・・・一度ハッキリと言われないと分かりませんから。ハヤトさんの娘さんは、あの子に親身になりすぎて言い辛いでしょうし・・・」
『・・・指摘された所で直るとは限らんぞ?、直すとは限らんぞ?、特にあの小娘の場合はな?、言って素直になるのならば・・・俺様とて、こんな茶番はせん』
「それでも、その記憶は残ります。いつか・・・あの子が誰かを好きになって・・・本当に変わりたいと思った時に、あの子が変わる道標にでもなればと・・・そう、思ってますわ?」
『・・・そんなものか・・・・・』
「ええ、目を覚ましてしっかりと現実に向き合って・・・先ずはそれからですわ。」
『アスカ』はにこやかに返した。先程まで青年の前に立っていた少女と全く同じ顔・・・同じ肉体だが、纏っている空気、滲み出る内面の人格は対称的に、柔らかく、暖かい。
『しかし・・・・シンクロへの影響のを嫌って薬物こそ使われていないにしろ・・・精神操作の類を受けた形跡があった』
「その節は本当に有難う御座います・・・」
『アスカ』は青年に向き直り、深々と礼をする。
『礼は、要らん。俺様はただ、主の頼みを利いてやったまでの事だ。
それに、俺様はただ単に『楔』を抜いただけにすぎん。当然、過去の痛みは消えんし、その傷を治すのは本人にしか出来ん。
こんな事は別に俺様で無くても、訓練を受けた人間ならできる。』
「それでも、有難うと言わしてください・・・幾ら感謝しても足りない位ですから」
ぶっきらぼうに言い放つ青年に、『アスカ』にっこりと母性的で暖かな笑みを浮かべる。
『ふむ・・・だが、全てが片付けれた訳ではないぞ?、余りに長い間、仮の人格とも云うべき”仮面”を被っていた所為で、意識操作を受けた”仮人格”が”本人格”と融合してしまって。無理に引き剥がそうとすれば精神崩壊を起こす可能性が高い。姉上ならば・・・何とかなるやもしれんが・・・・・・』
「例え、それが他人によって、他人の為に作られたものだとしても、今はあの子の一部には変わりありません。問題は、之からどうすべきか、之からどうその経験を生かすかですわ。
それに・・・・・・人間は皆、様々な"仮面"を被って生きる生き物ですのよ?」
悪戯な笑みを浮かべる。
『・・・・・・やはり、人間は分からん。姉上と言い、主と言い、全く良く肩入れする気になる・・・』
青年は疲れた溜息をつく。
「あら?、分かりません?」
『・・・ああ。まだ人間の”真似”をし始めてから2年しか経っていないものでな』
「何を考えているか、分からないから。常にうつろい、面白いんですよ」
『さて・・・そろそろか』
「ええ、そのようですね」
少女はもう『水面』の直ぐそこまできている。もう数十秒もしない内に”外”へ上がるだろう。
「今回は、本当にお世話になりました。あの子と話させていただいて・・・」
『アスカ』は今一度、青年に向かい深々と礼をする。
『いや・・・』
「後は・・・あの子が気がついてくれるまで、ゆっくりと眠る事にしますわ?」
・・・・・・・・・
『どうやら、行ったようだな』
「はい」
辺りの風景がぼんやりと曖昧になってきた。
深海の黒も、瞳の青も、現実の白も皆、一つに混ざろうとする。
「そう言えば・・・確か、ご自分をアラエルとおっしゃいましたけど、他に名前があるんでしょう?」
『何故、そう思う?』
「だって、貴方・・・名前を言う時にちょっと迷ったでしょう?」
『それだけか?』
「ええ・・・で、当たってます?、私の推測?」
『・・・・・・・・・・・・当たりだ。主や・・・他の連中に寄って集ってつけられた名前がある』
「あらあら」
『・・・・・・イズミと云う』
「あら、いい名前じゃありませんか。・・・他の方々と云うのは?」
『・・・・・・・・・・・・・・・仲間と呼ばれるものらしい』
かなり遠慮がちに口を開く。
「そう呼べる人達が居るのは素晴らしいことですわよ?、もう少しその事を誇ったら如何です?」
『・・・・・・・・・仲間・・・と云う感覚が分からんのだ・・・・・・が、忠告は感謝する。考えておこう』
神妙な顔をしたまま、頷く青年。
瞬間、辺りが本格的に乱れ始めた。
『では、次会う時は本人である事を願う。惣流キョウコ・ツェッペリン。その魂の欠片よ』
そして世界は暗転し・・・
かりかりぺったん・・・かりかり・・・ぺったん・・・・・・かり・・・・・・ぺった・・・・・ん・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ぺたんと俯く。
「・・・んーーふふふ・・・・・・んふふふふふふ・・・・・・・・・・」
気味の悪い声が口から洩れる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!も〜おやだ!書類なんて見たくない!!やってられっかって〜の!」
だん!!、がしゃん!
膝裏で椅子を後ろに弾きつつ、勢いよく立ち上がる。
ばさばさばさと、その反動で書類の『塔』が一つ崩れた。弾かれた椅子は書類の海に埋もれている。
無論、そんな事にはお構いなく、肩を怒らせ大股でのっしのっしと部屋を出た。
戦闘終了から、はや2日。
残務処理に忙殺されたいた葛城ミサト作戦部長は、その書類の3分の2を消化した所でとうとうキレた。
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カッカッカッカッカッカッ
特殊鋼の床を規則正しく叩く音の主は、ネルフの制服に身を包んだ、”普段は”見目麗しい長身の女性・・・葛城ミサト。
通路中央を高速で闊歩する彼女の顔色は悪い。
連日の徹夜による目下の隈も毒々しく、加え、気を抜けば垂れ下がろうとする両の目蓋を支えようと、ぐっと目尻に力を入れているもんだから更に凶悪な様相を呈している。
何とか化粧で誤魔化そうと云う考えすら浮かばない程に今の葛城ミサトは荒んでいた。
近寄りがたい空気を発散させまくっている。
すれ違う職員も、決して顔を会わせようとせず、早足で遠ざかろうとする。
まるで猛獣を見るかのような皆の視線に、その”普段は”秀麗な顔を更に強張らせながら・・・ミサトは歩みを速めた。
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かつん
ミサトのパンプスがとある部屋の前の床を叩いた。
自称、赤木研究室
他称、魔(猫)女の館
「!!!・・・・・・ゲホッ!・・・ゲホッ・・・!!」
何時ものようにノックもせず中に入ると共に、もわっと白い煙が襲いかかってきた。
一瞬火災かと思ったが、此処が何所か・・・最先端の科学の粋を集めたネルフ本部である・・・を思い出してその可能性を打ち消す。
・・・となると、この煙は・・・まさか!
機嫌の悪さなど遥か彼方に吹き飛んだ。
柔軟かつ高回転な作戦部長の脳みそが一つの解答を弾き出す・・・ここの主があの女だという事を忘れていた。
・・・大分キてるわね・・これは・・・溢れるほどに部屋を覆い尽くすのは、タバコの煙。
目の前に広がるトンでもない状況から、部屋の主の精神状態を察する。
頭の隅の信号機は第3使徒と対峙したアスカよろしくイエローからレッドに変わろうとしている。
ちなみに対向斜線から向かって来るのは猫柄の霊柩車だ。
「ミサト・・・入ってきなさい・・・」
部屋の奥から声がかかる。艶やかで嬉しげな、まるで話の中の幼鳥の様な声。
ミサトは若干涙目になりながら、部屋を注視した・・・全く、本の3メートル先すら見えない。・・・この中に入れと・・・
ここに来た事を激しく後悔し、心の中でさめざめと泣く。
正直、今すぐ回れ右して全速力で逃げ出したい心境だった。
・・・・・・・・・もう・・・だめなのね・・・・・・・・・・・・
学生時代の暗部が走馬灯のように脳裏をよぎる・・・・・・
始まりは確か・・・
そう、あの時はアイツのいた研究室に私が遊びにいっていて・・・雑談してる内に徹夜続きでハイになっていたアイツが、『肉球と猫じゃらしの相関』について熱弁し始めたんだ。
都合二時間にも及ぶそれに耐え切れなくなった私は・・・・・・寝ちゃったんだっけ?確か?
気が付い時、目の前には・・・・・・
目を血走らせ、緑色の液体の入った注射器片手に、嬉々としてにじみ寄って来る・・・ああ、そういえばあの頃はまだ金髪じゃなかったのね・・・旧友。
顔を引き吊らせながら、必死で学内を疾走・・・逃亡する・・・今は綺麗だが昔はその中に可憐さがあった・・・私。
ニコチン漬け、運動不足も何のその・・・バリバリの脳内麻薬全開でその後を追う・・・科学という名の宗教に身を投じた、一匹の白い悪魔。
・・・・・・・・・
はためく白衣。
木霊する哄笑。
・・・・・・・・・
背後から迫ってくる、圧倒的な存在感。
首筋にチクリ。
ブラックアウト。
・・・・・・・・・
その後、何があったかは・・・・・・思い出せない。
余りにも強烈なストレス・・・恐怖・・・を極短時間に集中して受けた事によって、発生するであろう精神的障害。それを防ぐ為、無意識下で自己防衛本能が働いて・・・記憶を潜在意識下に封印した。
・・・これは後に相談した心理学者の卵である友人の弁。
決して逆らってはならない存在。
それが、今の・・・連チャンの徹夜で分泌、摂取しまくった・・・大量の脳内麻薬とニコチンとカフェインの相乗効果でヤバイくらいにキマった・・・赤木リツコだ。
尚、件の赤木リツコ博士にこの事を話せば、全力で否定してこう反論するだろう。
「泥酔して虎になったミサトほどではないわ」
無論、両者が共にロクな印象をもっていないのは云うまでもない。
どっちもどっちである
死刑台を前にした死刑囚の気分で、霧の都ならぬ煙の研究室に脚を踏み入れる。
赤木リツコ博士は研究室の最奥で、マギに接続されたパソコンのディスプレイを睨んでいた。
キーボードを軽やかに滑る白い指先が何処か艶かしい。
ディスプレイの横には、飲止のコーヒーが入った猫の足跡模様のマグカップとコーヒーメーカー。
その反対側には銀色の灰皿。大量のタバコの吸殻が山を作っている。
更にその横には小さな陶器製の猫の置物。
「リツコ、アンタ仕事しなくていいの?」
それとなくこの場から逃げる理由を作ろうとする。
「たった今、一段落ついて休憩中よ・・・あなたこそ、何で私の研究室に来たの?」
「・・・休憩中よ」
「あなたは何時も休憩中でしょうが・・・どうせまた日向君に押し付けてきたんでしょう?」
鼻で笑われ、冷ややかに見られた。
反論してやりたいところだが、有り余る前科が説得力を無にしている事は本人も熟知している。
今は我慢の時。
「で、何の用?、何か、聞きたい事でもあるんじゃないの?」
どこかいつもと違う事に気がついたのか、若干真剣に尋ねてくる。
流石旧友、腐れ縁万歳。
「この前のあれ・・・一体何なの?」
何時になく真剣な顔で尋ねる。
それがここ2日でだした結論。・・・まぁ、仕事に飽きたのも確かだが。
どうせ結局は知る事になる・・・いや、知らなければならないのだ。それを拒否するのは作戦部長の地位が許さない。
・・・・・・ならば早い方が良い・・・・・・。
「・・・上には使徒って事で通達するらしいけど、本当の所は分からないわ・・・」
その答えにミサトは拍子抜けした。その頭の片隅で安堵の息を吐いている自分を確かに感じている。とりあえず、敵・・・と云うことはないようだ。
問題が先送りになったようだが、それはそれで結構。悩まないですむ。悩むのは赤木博士に任せよう・・・・・・。
「へぇ・・・・天下の赤木博士にも、分からない事があったんだ?」
「あなた・・・私を何処かの青い万能猫型ロボットか何かと勘違いしてない?」
「・・・・・・違うの?」
至極真面目な表情で返してくるミサトに、リツコはぽつぽつと青筋が浮かんでくるのを感じていた。
「ちょ・・・!、じょ〜だんよ!、冗談!」
「・・・」
思い切り焦りながら旧友を静止するミサト。リツコは無表情のまま、白衣のポケットから取り出した注射器を仕舞う。
「今度からは冗談は時と場所を選ぶ事ね・・・もっとも、あなたは都合の悪いことは直ぐに忘れるんでしょうけど・・・」
いまいましげに旧友を見やる。
「なによ?、やけに機嫌が悪いわね?」
クエスチョンマークと共に小首を傾げ、旧友に尋ねる。ミサトの機嫌は精神的な問題がとりあえず解決した事で、完全に治っているようだった。リツコからの返事は・・・・・・ない。不機嫌そうにディスプレイを睨んだまま、不味そうにコーヒーを啜っている。
取り付く島もないその態度に、ふぅぅ、と溜息を付いた。
「あんた、昔っからそうだったわね。自分の事は絶対に話さないんだから」
「貴女がおしゃべりなだけよ」
「まぁね」
自覚があるのか、旧友の背中を眺めながら苦笑する。
「疲れてんのか、他に何か理由があるのか知らないけど・・・皆の前じゃ、もちっと普通の顔した方がいいわよ?」
いつも先輩先輩と、自分に付き従っている童顔のオペレーターを思い出す。・・・ふと、第3使徒戦が終わってからずっと研究室に篭っていた事に気がつく。この部屋を出たのは一度きり、司令室に報告に言った時だけだ。後は不眠不休、コーヒーだけしか胃に納めていない。
その事に気が付いた所為か、どうも頭の興奮が醒めてきた。ここいらが潮時。休み時だろう。
「・・・私、そんなに酷い顔してる?」
「ええ。そりゃもう。誰が見てもこれじゃ結婚できないのも無理ないと思うくら・・・・・・冗談よ」
再びポケットに注射器を仕舞う赤木博士。余談だが、中身の液体は毒々しい紫色だ。
「いい加減しつこいわね・・・あなたこそ、人様に見せれるような顔じゃないわよ?」
「え?、嘘!?」
心底疲れたような溜息を、今度は赤木博士が付いた。その時・・・
ピピッ、がしゃ、「はい、赤木です・・・・・・」
デスクの脇で資料に埋まっていた電話が鳴った。
リツコは無造作に資料の山に手を突っ込むと、一瞬で受話器を探り当て、一挙動でコールに出る。
「はい・・・状態は・・・・・・分かりました・・・・・・カルテのコピーを私のサーバーの中に・・・・・・・ええ・・」がしゃん。
そしてぐるりとミサトに向かい、一言。
「アスカが目を覚ましたわ」
「ちょっと行ってくるわ」
その言葉を聞くや否や、颯爽と踵を返し、次なる目的地に向かおうとする旧友の背中を、リツコは若干呆れ気味に眺めていた。
良く言えば即断即決。悪く言えば行き当たりばったりなその行動は、確かに作戦部長向きだと思いながら、胸ポケットからタバコを取り出す。
「あら・・・もうないわね」
そう呟き、残った最後の1本に火を点ける。空の箱はくしゃっと握りつぶしてゴミ箱へ、っぽい。
ふぅ――――――。
目を瞑り、紫煙を吐きながら椅子に体重を預ける。
ニコチンが中枢神経に作用し、やすらぎが疲弊した脳細胞に染み渡る。座り心地の良い椅子は、目を瞑るとそのまま眠ってしまえと誘惑の声をあげる。
まるでこの為に生きているかのような、心地良い一時。
薄く目を開き、立ち昇る紫煙をぼんやりと眺める。
あの時、幾ら戦闘中のゴタゴタを突かれたとはいえ、マギの監視を突破されたのは屈辱以外の何物でもないのだ。副司令はしょうがないなどと言っていたが・・・そんな事で、納得などできる筈がない。
しかし、、今、自分に架せられた仕事は山のように在る。弐号機の補修。零号機の凍結解除。同機の起動実験。シンクロテスト。兵器開発。その他、通常業務も・・・沢山。何時までも、『彼女達』の正体を模索する事に時間をかけられない。。
どうせ・・・現状では情報が圧倒的に足らないのだ。仕事以外の思考に割ける時間も"今は"ない。この問題は後回しか―――僅かな落胆。
『彼女達』に関する情報を綺麗に一まとめにしてラッピングし、極太の赤字で『最重要』と殴り書き、意識の片隅に追いやる・・・・・・正直、後回しなんぞにするのは非常に不本意だが。そう、非常に。
「マギのバージョンアップ・・・考えといた方がよさそうね・・・・・・」
とんとん、灰皿に灰を落とす。
ピピッ、がしゃ、「はい、赤木・・・ああ、日向君?、・・・・・・何?、仕事ほったらかしてミサトが逃げた?、此処にはいないわよ・・・・心当たり?・・・・・・病院にいるんじゃない?・・・・・・え?、ミサトが病気?、疲れが溜まっている?・・・・・・そんな事”絶対”にないから・・・・・・アスカのところよ・・・・・・ええ・・・・・・」がしゃ
ふぅ――――――。
今頃、受話器の向こう側の純朴な青年は『家族を心配する思いやりのある美しい上司』の姿を夢想し、感動してるのだろうが・・・・・・このままでは、ミサトの分まで仕事をやりかねない・・・・・・いや、恐らく嬉々としてするだろう。今の彼の状態で、ミサトから『お願い』なんぞ言われたらイチコロだ。
ミサト・・・貴女、確信犯?、そんな馬鹿馬鹿しい推測が浮かんでくる。
だめね・・・・・・疲れてるわ・・・・・・。
ぎゅっと、残ったタバコを灰皿に押し付ける。
旧友に付き合って暫く休んでいた所為か、体と脳が疲れを思い出してしまった。
猫時計を一瞥し、暫く仮眠を取ると言う考えに落ち着く。
すっくと椅子を蹴って立ち上がり、ハイヒールを響かせて紫煙漂う部屋を横切り、扉をまたぐ・・・・・・・ぴたり。。
かつかつかつかつ、踵を返し、早足にデスクに戻り、おもむろに受話器を取って短縮を押す。
「ああ、購買部?、悪いけど、私の研究室までタバコを3カートン・・・・・・・・・」
!!!
目を見開き、布団を跳ね上げながら勢いよく上体を起こす。
はぁ・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・
不規則で荒い息が口から吐き出される。身を包む白い寝巻きも、汗でぐっしょりと湿っている。
さぁっと、窓から流れてきた涼やかな風が純白のカーテンと少女の頬を撫でた。
何処か薄暗い昼間の白い病室は、射し込む夕日によって紅と黒、明と暗のコントラストを生している。
病室。
少女は辺りを見渡し、確認する・・・・・・現実を。
何時もならば不快としか思わない、じっとりとした寝汗の感触も。
酷く長い眠りから覚めた時の、ずきりと疼く偏頭痛も。
明瞭になってゆく感覚と共に、急速に思い出される喉の渇きも。
蒸し暑く、気だるい午後の寝起きに優しい涼風も。
全ては現実のものだ。
先程まで自分が居たような、居なかったような、そんな不思議な空間と、其処にいた者達。
ついさっきまで話していた彼らの存在も、その言葉も、顔も、今はもう夢に溶けて巧く思い出せない。
あれは・・・・・・・・・
「・・・・・・ゆめ?」
徐々に落ち着いてきた鼓動。意識が現実を強く意識していくにつれ、急速に色褪せてゆく夢の世界。
ばさばさばさ・・・・・!!
一つの羽ばたきをアスカの耳は捉えた。素足なのも気にせず、転げ落ちるようにベッドから降りて窓辺に食らい付く。
その目の前を、黒い影が勢い良く下から上へと横切った。鴉だ。すれ違う一瞬、確かに真っ赤な瞳と青い瞳が合う。
呆然と、アスカは彼方へと飛び行くその姿を目で追っていた。
「ゆめじゃ・・・・・・・・・ない」
彼方へと飛び去る鴉と共に、崩れて物騒な中身が覗いている兵装ビルが、倒壊した建物が、何かに・・・使徒の光に焼かれて溶けた街並みが視界に飛び込んでくる。
思い出される言葉。
『弐号機が暴走して・・・』
暫くの間、アスカは呆然と窓辺に佇んでいた。
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それからは退屈な時間だった。
簡単な医師の診察を受け、身体に以上はなかったものの、数日間の検査入院を命じられた。それからはずっと一人だ。人っ子一人居ないこのフロアから出る事すら許されていない。
ベッドに寝転んだまま、ずるずると時間だけがすぎて行く。
2日も寝続けていた為か、目が覚めて一向に睡魔が訪れない。
自分の横顔を照らす、お山の向こうに沈もうとしている真っ赤な夕日を眺めながら、ぼんやりと怠惰に時を過ごす。
「・・・何か飲み物でも買ってこよ・・・・・・」
アスカはのそりとベッドから抜け出した。
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真っ赤に染まった真っ白なロビー。
何気なく通りかかった所で、アスカの足は凍りついた。先客が居たのだ。
「ファースト・・・」
その全身を夕日で赤く染めた綾波レイはその声に反応し、ちらりとアスカに視線を向けた後、再び外の風景に眼を戻した。
今だ片目は包帯で覆われ、左手はギブスで固定され首から吊り下げられている。
・・・そーいや、コイツもここに入院してたんだったっけ?、確か、2ヶ月前から、ずっと。
アスカとレイの面識は、殆ど無い。アスカが日本に着いて間もなく、レイが入院したからだ。
二人が顔を合わせたのは、アスカが来日した際にチルドレンとして紹介された時と、他に二、三度、本部で殆ど入れ違いのような形ですれ違っただけだ。二人とも同じチルドレンなのだが、起動すらおぼつかないレイと、エヴァを手足の様に扱うことができるアスカとでは、必要とする訓練から異なる為に自然と面を合わす事が少なかった。アスカは実戦を想定した戦闘シュミレーション、レイは起動を優先した零号機の調整・・・等と。
それから暫くして、レイが起動試験で零号機に病院送りにされた所為で、それからは一度も顔を合わせていない。
あーもう、あいっかわらず暗いわねぇ・・・このコ。
レイの横顔を眺めながら、アスカは物思いに耽っていた。
別段、アスカはレイを嫌っている訳ではない。ただ、とっつきにくそうだとは一目で見抜いていた。
現在のアスカの関心は、当初の目的だった自動販売機から、目の前の同僚に移っている。何も無い個室で退屈をもてあますよりは、たとえ円滑なコミュニケーションが期待できなくても、何かしら反応を返してくれる人間相手の方が楽しいだろう。
「ファース「アスカ!!」
アスカがレイに声をかけようとしたその時、横合いから突然声がかけられた。
「ミサト・・・」
人気の少ない静かな病院の廊下を、パンプスの音を響かせながら駆け寄ってくる。
「アスカ、よかったぁ・・・無事で」
ばすんと抱きつかれた。ミサトの体重が圧し掛かってくる。そのまま押し倒されそうになるのを、豊満な双丘の間に顔を挟まれ、息が出来ないまま必死に堪える。
「ちょ・・・ミサト!」
「ホント、よかったわぁ・・・怪我が無くて・・・」
ミサトは心底嬉しげに語る。ぷしゅ。アスカのちょうど後ろの扉が閉まった。アスカがミサトにかかりっきりになっている間に、レイが個室へ戻ったのだ。
ま・・・いっか。まだ時間はあるんだし・・・。
今だ抱きついて離れないミサトをあやしながら、アスカはのんびりとそんなことを思っていた。
ふと、アスカは違和感に気がついた。いや、これまでの違和感が消えている事に気が付いた。
何時もなら鬱陶しいと思っていたミサトの馴れ馴れしい態度が気にならない。
・・・・・・・・・・・・?
少々悩み、ここの生活にも慣れたのだろうと言う所で思考を落ち着かせると、いい加減鬱陶しくなってきたミサトを引き剥がしにかかった。
to be continued
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