3年前――――――。


「―――分かった―――君は下がってくれ―――」

 恐縮極るあまり、その顔色を真っ青どころか土気色にまで変化させた黒服に対し、冬月は退室を促した。


 ジオフロントに建設されたネルフ本部。ピラミッドを模倣した科学の最高建造物の、最上層。四方を強化ガラスに張り巡らされているがその部屋は余りにも闇い。”地上”ならば陽光も届こうが、ここは”地下”ジオフロント。ただ単に上から照らすだけの擬似陽光は、そのただっぴろい部屋の中心部を照らすには余りにも頼りなかった。


 あくまで個人の執務室でしかない事を鑑みるに、幾らその主がネルフと云う―――有事において人類の最高権力を有する機関の長である事を考慮しても、司令執務室という場所は無意味な程に広大だ。だが、その広さとは対象的に、部屋にはたった一つの事務机しか存在していない。そして、置物のようにピクリとも動かない二つの影。

 一つは事務机の椅子に俯き気味に座り、机に肘をつき口元を白手袋で隠す。もう一つは始終その傍らに影のように突っ立っていた。
 それはこの部屋の持ち主が決定した時から、決して変わっていない光景だ。之からも、決して変わる事ははないだろう。恐らく、このネルフという組織が必要でなくなるその日まで――――――。


 室内を快適に―――と言うコンセプトに真っ向から喧嘩を売っているような、安らぎとは対極に位置するものを相手に与えるであろう、うっすらと不気味に発光する巨大な”生命の樹”。それをたった一つの事務机の傍らに突っ立っている初老の男―――冬月は仰ぎ見た。受け入れ難い事実を呑みこむかのように、それを声に出して反芻する。


「サードチルドレンをロスト・・・・・・か・・・」


 貼り付けられた、10歳そこそこの少年の写真。彼女の”面影”を濃く残すその視線から逃れるように、”極秘”の印が打たれた書類から、今も口元を隠したまま黙りこくっている男―――ゲンドウに冷ややかな観察眼を向ける。実の息子を失った、父親へと。


 書類には『行方不明』『捜索中』と記されているが、それに第三者が関わっているのは明白だった。緊急時の護衛を兼ねた複数の監視官が皆、一撃の元に気絶させられている。目撃証言は一切無し。かなりの組織力を持った組織が関与している―――しかし、その組織を断定するには情報不足―――と言うのがMAGIの出した見解だが、不可解な事があった。少年を攫ったのが個人にしろ、組織にしろ、未だ犯行声明が送られて来てはいないのだ。私怨にしろ、営利目的にしろ、単に誘拐する”だけ”では意味がない。そして、この事が犯人の特定に幅を持たせており、諜報部の捜査は遅々として進展を見せない。


 この失踪劇に関与しているのは、それなりの規模を誇る組織―――或いは凄まじい実力の個人―――なのだろうが、冬月にはそれが信じられなかった。書類の少年の父親―――碇ゲンドウという男は、敵が多い。否、多すぎる。そして、その冷徹さは誰しもが知っている。彼を知る者達は、彼の息子がどの程度彼に対し”人質”として機能するか知っているだろう―――勿論ゼロだ―――。だからこそ、少年につけられた多数の護衛を”処理”してまで得るような”旨味”などない筈なのだ。


 碇ゲンドウに対する私怨で、腹いせに狙われかけたた事はあったが―――そんな程度の低い組織、個人共に楽々と”処理”されていたのが現実だったのだ。そう、現実”だった”。


 現在、諜報部はかなりの人員を割いてこの件に当たってはいるが―――それでも浜辺の砂、夜空の星程も存在する、ネルフではなく”碇ゲンドウ”に敵対する者達の中から犯人を特定し、行方知れぬサードチルドレン候補・碇シンジの身柄を確保するのは――――――至難の技と云えた。


「まさか、ユイ君の墓参りの帰りを狙われるとはな・・・如何するつもりだ?」
「如何もしない、所詮サードは予備に過ぎん」



「・・・・・・・・・本気か?」
「初号機はレイで起動させる。問題はない」
「そういう事を云っているんじゃない・・・探さなくていいのかと訊いたんだ」


 苦虫を噛み潰したような苦い口調。
 例え他人の子であろうとも、10やそこらの子供を見殺しにするのは後味が悪い。


「・・・・・・構わん。探したところで見つかるとは思えん」
「切り捨てられるのか?」


 だからこそ、碇ゲンドウの計画に加担していると言えるのだが、冬月自身、セカンドインパクトによって妻子を失っていた。


 ゲンドウからの返答は―――――――――ない。



 書類に刻まれていた、最も日付の若いサードチルドレン監視報告書の内容が頭をよぎる。


 碇シンジと呼ばれていた、人知れず、既に事切れている可能性すらあるこの少年は、今年で11歳を数えていた事。

 彼は二年前・・・9歳の時、実母である碇ユイを亡くし、父方の親戚に預けられたと云う事。


 そこでは彼は、如何に呼ばれていたか―――――――――。


 曰く、”妻殺しの男の息子”

 曰く、”親に捨てられた子供”

 曰く―――。


 昔は彼の教え子でもあった・・・今では名の通った冷血漢、碇ゲンドウの血の繋がった、唯一人の実の息子でもあり。同じく教え子であり、ある意味自分の最も大切なヒトであった、碇ユイの忘れ形見でもある少年。

 あの時―――彼女が消えてしまった時、ゲンドウと契約を交わした―――『計画』の要の一柱たる紫の鬼神の担い手となる筈だった少年。

 ―――そう―――今となっては、要であった少年―――――か。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「とりあえず、彼の行方は諜報部に探させるぞ?、いいな?」
「・・・・・・ああ」

 何時まで経っても返事を返さない元教え子に業を煮やしたのか、冬月は強引にこの話題を打ち切る。
 そして、珍しくも余りにも不憫な少年に同情し、僅かな黙祷を心の中で捧げ―――彼の中でこの問題に終止符を打った。

「・・・一月経って結果が出なかった時は、ドイツ支部から替りを持ってこさせる・・・」

 ぽつり・・・ゲンドウは静かに洩らす。

「弐号機・・・か。それはやむを得んが、ドイツ支部が承知すると思うか?、時期が早すぎると思うがね」
「・・・時間は掛かるだろうが、承知させる。戦力不足を盾に迫れば老人達も強く反対は出来んよ。ある意味、連中も必死だからな・・・生き残らねば、望みは叶わん」


 そう、まだ手は尽きてはいない・・・いない筈だ。
 かの少年は所詮、駒の一つに過ぎない・・・・・・手はまだ、他に在る。
 使えないものは切り捨てる・・・この15年、そうしてきた・・・そして、これからもきっと、そうするだろう。


 男達の瞳に燈るのは


 過去の別れ人への憧憬か


 現在の存在理由を果たさんとする執念か


 未来の果てに存在する、たった一つの安息か――――――。



NEON GENESIS EVANGERION
ANOTHR ONE
〜ヒトが人である為に〜
第5章
大人達




 旧東京。


 過去、首都として栄華を誇ったその土地も、現在はセカンドインパクトによる地殻変動の影響を受け、その栄光は見る影もなかった。
 人が寄り付かなくなって久しい廃墟の都は、過去のものとし、忘れ去るには余りにも早く、苦すぎる15年という月日を如実に表わしている。


 その日、地球そのものを揺さぶった衝撃は建築物を倒壊させ、二次的に大津波を発生させた。
 衝撃の発生源である南極の大地は消滅し、氷はエネルギーの発生熱で溶け消え、世界の水位を上昇させる。


 過度の人口密集状態であった旧東京は、世界でも最も被害を受けた都市の一つであっただろう。
 あまりに密集し過ぎた高層建築物は倒壊し尽くし、同じく密集し過ぎたちっぽけな人間を之でもかと言うほどに踏み潰し、蹂躙した。
 辛うじて生き残った人間は元人口の1%にも満たないと言う。
 その直後、大地震とも云える衝撃に伴ったのか、極度な地盤沈下を起こした旧東京には大量の海水が流れ込み、その栄華の大半は水の底に沈んだ。


 のべ一千万にも及ぶ、多過ぎる亡骸と共に。


 以来、誰もこの土地に近づかなくなった。
 生活には極めて不便な土地になってしまった事もあるが、それよりも、余りに多くの人間が死にすぎた事が大きい。当時の惨状は口コミで人々に伝えられ、セカンドインパクトを体験した誰しもに複雑なトラウマを植え付けていった。


 そして、15年。


 鉄とコンクリートが支配する灰色都市は、青い空と緑の苔に覆われていた。
 視界いっぱいに広がる綺麗に澄んだ水面の随所に斜めに傾いたビルの先端がぽっかりと顔を出し、奇妙なオブジェをつくっている。
 晴れた日には水面下に深く広がっている、苔に覆われ、今や大小様々な海洋生物の住処となった、水中神殿ならぬ水中都市がはっきりと見える事だろう。



 今、その廃墟の都に一際高く聳え立ち、僅かながらに傾きつつも、未だその半ばを露にしている赤い電波塔の展望台に、3つの人影があった。

「ホントに・・・あの人間不信の髭親父が、俺らの申し出受けるのかねェ・・・」

 埃を手で簡単に払っただけの、綺麗とは云い難い金属の床に胡座をかき、誰に向けるともなくぼやくレオン。死刑執行の朝を向かえた囚人のような、絶望と諦めが入り混じった濁った目をしている。自分達の”リーダー”の決断に不服がある訳ではないのだろうが、よほど機嫌が斜めなのか、その口調には小さな刺がちらほらとあった。

 その後ろでは葛城ハヤトが目を瞑って静かに壁にもたれている。彼等の前には小さな指向性アンテナに繋がれた通信機がぽつんと所在なげに放置されていた。アンテナが向くのは、旧東京湾沖合いだ。

「利用できるものは何でも利用する人ですし・・・僕達を利用しない限り望みが叶わないと解かった以上、受けますよ・・・・・・・・・間違いなく」

 応えたのは、彼等のリーダーを名乗った黒髪の青年。
 彼は斜めに傾いだ赤い電波塔の縁に危なげなく立ち、面白そうに水中都市を飽きる事無く眺めていた。やや強めの風が、彼が着ている白いYシャツをはためかせる。

「そうじゃねぇよ。俺が聴きたいのは、髭があの嬢ちゃんを手放すか・・・って事だ。」


「あの人が手放す、手放さないじゃありませんよ?」


 断固とした意思を込めて、青年の背中は語る。


「手放させます――――――――――――必ず――――――」


 その意思は硬く、厚い。

「それが最低にして絶対の条件。それ以外に、彼等の計画は進めさせません。後は・・・あの方々が積極的に動ければ、もっと楽に成るんですけどね・・・」

「そりゃ無理だろうよ、奴さん・・・人間の”いさかい”とやらには一切干渉しない・・・なんて云ってたしな。鳥頭と、その姉ちゃんは条件付きで例外・・・・・・だったか?」

 振り向き、にっこりと微笑む青年に、レオンは小さく苦笑する。

「ええ、干渉しない・・・というより、できないんですけどね。限りなく純粋なコア。それは『始原』に近ければ近い程、強大な干渉力と、それに比例する制約を受けますから。イズミさん達は・・・・・・あの方々達とはまた、生まれが違いますし」

「イズミねぇ・・・あのシスコン鳥頭、性格悪すぎんぜ?、執念深いわ、目つき悪りーわ、口は悪りーわ、手癖はもっと悪り―わ・・・・・・姉貴とは偉い違いだよなぁ・・・お前もそう、思うだろ?」

 失礼極まりない内容を朗らかに口にするレオン。

「それについては黙秘させて頂きます。どこで聞かれてるか分かりませんよ?」
「あの日本かぶれで刀剣マニアのサディストが―――か?、聞いてる訳ねぇさ」
「レオンさん・・・本気でそう思ってるんですか?、何度それで手痛い報復を受けたか、憶えてます?」

 呆れた顔で青年。目蓋の裏にこびり付いた”惨状”を思い出したのか、暑い最中”ぶるり”と背筋を震わせる。
 青年にとっては、彼が自暴自棄になっているとしか思えなかった。

「憶えてねぇよ。大体、あいつのココロが狭すぎんのさ、軽いかるーい冗談じゃねぇか」
「貴方の場合、大抵それに相手の神経逆撫でするような茶々が付くのが問題だと思うんですがね・・・」

 大人気ない・・・と、疲れた顔で青年。

「で、アイツは今、何処にいる?」
「・・・今、その”奴さん”方の所に行ってもらってますよ。今後の事で少し・・・ね」
「相変わらず抜け目ない・・・・・・・・・そうだ、前々から思ってたんだが―――」

 もったいぶるように一区切り。某司令を彷彿させるニヤリ笑いを浮かべた口から続きの言葉を紡ぎ出す・・・。



「――――――お前さん、悪巧みしてっ時、あの髭にそっくりだぞ?」



「な・・・ッ!」
 青年の顔が瞬時にして凍りつく。思うところがあるのか、否定の言葉はおろか言葉さえなくしている。
 ショックで固まり顔を蒼ざめさせた青年に、してやったりとレオンは顔を喜色に歪ませる。それで多少は腹の虫が治まったのか、彼は眠たげに目を細め、大きな大きな欠伸をした。



 ・
 ・
 ・
 ・
 ・



「・・・・・・・・・来たか」
 ぼそりと唐突に呟き、のそりと体を起こす葛城ハヤト。ゆったりとしながら隙のないその動作とほぼ同時期に、床に置かれた通信機に赤い光が灯る。

 ザザザ・・・細い回線なのか、所々にノイズが入っている。調整の為に機械をいじると、ハヤトはマイク相手に簡潔に言葉を述べた。

「こちら『亡霊』・・・・・・現在ポイントはT-1。回収及び、運搬宜しく」
『こちら『鯨』、了解した。合流ポイントに使いを送る。至急向かわれよ』
 間髪洩らさず返された返信は、妙齢と思える女性の声だった。やや低めで事務的な”固い”声が、その場にいた者達の耳を打つ。

 ぴくり―――と、面倒くさげに寝転んでいたレオンの耳が獲物に感ずいた肉食獣のように動いた。声の主に心当たりがあるのか、彼はハヤトに向かい疑問をぶつける。
「彼女、来れなかったんじゃぁなかったんで?、確か―――大陸の実家だかに呼び出されたとか?」
「・・・・・・何故、彼女が今日本にいるのかは知らん。が、”ケトス”の試験航行に随伴らしい。昨晩、第二の技術屋連中が云っていた」
「それはそれは」

 期待に弾んだ声。先程までの不機嫌さなど遥か彼方へ吹き飛んでいる。
 むくりと身体を起こす気配を背中越しに感じ、首と瞳を90度ほど動かして背後を覗く葛城ハヤト。
 陸に打ち上げられて渇き死に、腐乱寸前の魚の様だったレオンの目は、今や有り余る生気を宿している。ハヤトは”それ”を一瞥すると、元々切れ長の黒瞳を更に細め、呟いた。

「現金な・・・」

 小さく嘆息し、小躍りしかねない位に浮かれているレオンを無視して通信機を片付け始める。


 まあ、之から最低半月を、彼主観でいう所の”むさ苦しい筋肉ダルマな野郎ども”と狭く窮屈な船の中で過ごさねばならない予定だったのだから―――。一応、女性はいるものの、彼に言わせれば守備範囲外らしい―――そして、目的地は凡そ文明という言葉からは程遠い、極寒の大地。
 その行程にたった一人とは云え、見目麗しい妙齢の女性が加わると云う。あの男にしてみれば、その程度の反応は当然かと―――心の片隅でハヤトは思う。

 ただ、その見目麗しい妙齢の女性は大層堅物であり、腕も立つ。どうせこの男がすり寄ったところでまた手痛く張り倒されるのがオチだと思いつつも。されとて、その女性は自分達への資金提供者・・・スポンサーの娘でもある事を思い出して、目の前で今にも小躍りしそうな男が彼女の気分を決定的に害する前に気絶させ、営倉にでもぶち込んでおくかと思い直して――――――結局の所。時と場所と相手を選ばず、誰にでも茶々をいれる目の前の年甲斐のない同志を・・・強制的に黙らせるか否かという所で、ハヤトの思考は釣り合っていた―――。



 ――――――ふと、思い出したかのように黒髪の青年を眺めて見ると、彼は未だ硬直したままだった。



 葛城ハヤトは苦笑する―――。

 今、目の前で浮かれている男のあまりに凶悪な”前科”を思い出し。



 葛城ハヤトは苦笑する――――――。

 今、軽くつつけばそのまま水面へ落ちかねないほどに呆然としている青年の―――

 背負った業と、秘めたる決意を思い出し。



 そして――――――葛城ハヤトは苦笑した。

 今、この暑い太陽の下に、己が存在している事を思い出し。



 その思考も、通信機の片付けが終わるまでの一事。
 関心無き事には一片たりとも心惹かれず――――――セカンドインパクト前から偏屈、変わり者で一部の者に通っていた葛城博士は、今も変わらじ。


「行くぞ」
「あいよ」


 いつも通りのむっつりとしたハヤトの呼び声に軽快に応えるレオン。カツカツと、くすんだコンクリートを叩く靴音の二重奏。

「では、行って来る」
「え・・・ああ、くれぐれもお気をつけて」

 その挨拶で我に返ったのか、慌てて返す黒髪の成年。既に彼の傍らに佇んでいる二人は、目下の水中都市に目をやっていた。

「頼む」
「へいへい」

 いささか簡潔すぎる気のあるハヤトのその言葉。レオンはポケットに手を突っ込んだまま、眼前の空に何気なくその身を躍らせる・・・・・・バシャン。暫しの間を置いて水面を叩く音が響く。彼等が佇んでいる廃ビルの頂上と水面との距離は、凡そ7、8メートル程だろうか。

 青年はレオンが辿った軌跡―――と云っても単なる自由落下だが―――を眺めていた。件の彼は既に水中に漂っているが、周囲の海水は彼本人に触れる事を許されていない。直径3メートルはあろうかと言う巨大な気泡が彼の周囲を覆っていたからだ。気泡の上部3分の1は水面と接触し、外界との境界を曖昧にしている。
 水面にぽっかりと見えるその半球を確認しすると、ハヤトもまた、気泡を目掛けて音もなく中空に身を躍らせた。

 ぱしゃん―――巨大なシャボン玉が弾けるような音。

 気泡は弾け散る事無くハヤトの身を取り込んで、彼等の明確な意思の元、ゆっくりと潜水を開始した。







『何故だ・・・・・・・・・・・』




 碇シンジ失踪から、時は既に半年を経ていた。
 件の少年の失踪事件は、その後も全くの進展を得ず――――――遂には、先月終わりをもってその捜索は打ち切られている。




『何故だ・・・・・・』




 本人すら知り得ぬところで身勝手にも銘打たれ、運命を強制される筈であった―――――サードチルドレン・碇シンジ。
 その名は表舞台に現れる事無く、その称号は永久欠番と封印され、その存在は過去の闇に飲み込まれ、消えていった。




『何故・・・』




 それから半年の時を経た。2013年、春。
 『研究機関』から『特務機関』へとその名を替えて、ある程度表の存在と成ってより数年の歳月を経た、とある日の正午。
 ネルフと云う、地上で唯一絶対の”使徒対策機関”の名が与えてくれる栄華とは裏腹に、その実は決して変わらぬ地下深く。四方を真白な衝撃吸収剤と沢山のセンサーに囲まれた、紫の巨人佇むその一室で、ファーストチルドレン・綾波レイによる、第弐次エヴァンゲリオン初号機起動試験が行われていた。




『・・・』




 モニターの一つが空色の髪の主を映す。

 その小さな胸の奥には不釣合いな程の冷たく深い『禁忌』を住まわせる。幼い顔を彩るは、閉じられた双眸から生える長い眉、紡がれた桜色の小さな口は何も語らず。
 電荷したLCLに満たされたエントリープラグという名の機械の小部屋。胸に『01』と刻まれた、未熟な体の曲線を露にする白いプラグスーツを、蒼き髪の少女はその身に纏う―――。

 少女―――今年12歳になる綾波レイは、初号機に挿入されたエントリープラグの中、いつも通り、決して変わらず、只々静かに佇んでいた。




 ―――ギリリ――――と、憎い何かを噛み千切らんばかりに強く噛みあわされた奥歯が悲鳴を上げる。




 彼の後ろで、髪を金に染め上げ、白衣を纏った技術部長が、先日着任したばかりの若いオペレーターに指示を飛ばしている。
 勝手気侭に耳に入り、その都度抜けていくその指示の言葉に、何処か切羽詰った”何か”を感じるのは、己も又焦っている所為なのか。

 直立不動な身体の真横に張り付いている・・・今はまだ白手袋に覆われてはいない、大きく無骨な両の手は、固い拳を形作り、血を流さんばかりに握り締められている。

 オペレーター達が向かっている数々の計器は、皆一様に始めの値を保ったままだった。




『何故だ―――――――――







ユイ!!!








 碇ゲンドウは、哀惜に張り裂けんばかりの声ならぬ声を、その咽元に辛うじて留めていた。


 ――――――そして、その実験は失敗した。





 雲ひとつ無い晴天。
 蒼い空で唯一つ、その存在を主張する太陽の光に身を曝す。

「――――――で、何時から居たんですか?」

 二人の”人間の”連れが居なくなり、唯独りになった黒髪の青年は誰に向けるともなくポツリと呟いた。
 半島に囲まれた内海の奥深く・・・と言う事もあるが、そこらかしこにそそり立つ廃ビル群の所為もあって、彼が今居るビルの林の海面は、決して波立つ事がない。穏やかな海面は鏡の如く陽光を弾き、眩しさに青年は目を細める。


「アノ身ノ程知ラズの大馬鹿モノが、失礼コトをノタマイ始メタ時カラダ」


 発生源が極めて特定し難い―――人間の声帯では不可能な―――直接空間を震わせる”声”が青年の鼓膜を打つ。
 青年はやはり聞いていたのかと、暑く蒸す外気とは裏腹に内心を冷やしながら、続きの言葉を口にする。

「随分と寛容になられたんですね?、以前の貴方でしたら、颯爽と現れた挙句、問答無用で骨の二、三本は叩き折ってらしたのに・・・・・・」

 温厚そうな青年にはやや不釣合いな、その物騒な評価に応える為か、
 ばさりと、”ソレ”は力強く羽ばたいて、漆黒の影が青年の視界を勢い良く横切った。

 青年の、丁度隣りに降り立った一羽の鴉はその体積を瞬時にして膨張させ、数瞬後には白い人型をとっていた。内から滲み出るように色と質感がついてゆく。
 イズミと名乗り、惣流アスカの奇妙な夢に現れた、男とも女ともつかない風貌、和服に似た白装束もそのままに。
 鳥の化身はその姿を露にした。

「ああ、奴はどうしようもない愚か者だが、曲がりなりにも重要な(えき)を控えた身だからな」

 今度はちゃんとした、ヒトによる”声”を滑らかに吐き、胡乱げな眼差しを海中―――恐らくは、潜航中の件の彼に送っているのだろうが―――に向けながら、口元に意味のあり過ぎる笑みを浮かべるイズミ。某特務機関の司令が悪巧みに成功した時のような、そんな笑みだが、彼の”ソレ”はより攻撃性が強い―――と言うか、サディスティックだ。

「・・・遠慮した・・・・・・と?」
「無論だ、その程度の自制心は持ち合わせている」

 イズミを名乗る存在は、やや大仰とも云える程、大きくウムと頷いた。
 その反応に、ホウ―――と、黒髪の青年は少なからず驚いて彼も又、笑みを浮かべた。その柔らかな笑みが意味するのは―――どんなヒトでも、根気よく諭せば何時か必ず誠意は伝わるものだ―――と云う、問題児を更正させようと奮起する教師のそれだ。
 そんな彼の胸中を知ってか知らずか、イズミは口元に浮かべた意味ありすぎる不敵な笑みに不穏な”険”を混ぜながら、己の言葉を補足する。

「―――最も、帰ってきた時に報復は行うがな―――」

 ピシリと、黒髪の青年に張り付いていた満足の笑みは瞬時にして凍りついた。イズミが今も尚浮かべている笑みは、もしかしたら、ネギを背負って帰って来た鴨を如何に料理するか思索に耽る料理人のそれなのか・・・。
 「当然―――」と、イズミは更に言葉を続けた。まだ気が済まないのかと、戦々恐々とした心境で、聴きたくもない続きの言葉を耳にする。

「―――延期分の、利し付きで―――」

 何を思っているのか、その笑みは益々深くなる。何時の間にやらクックック・・・と、内に秘めたる思いを堪えきれないのか、彼は細い肩を小さく上下させていた。
 黒髪の青年は、たとえそれが自業自得だとしても、哀れで気の毒な犠牲予定者の冥福を胸中で祈らざるを得なかった。祈る神など存在しない事を理解しつつも、とにかくだ。


「・・・で、あの方達は?」

 青年は、様々な意味で怖い笑いが一段落したところで自然を装い、話題を変える。

「静観だ。恐らくは、もう暫く諸国漫遊だろう。アズマの所にも行くと云っていた。再びこの地に現れるのは、早くとも一ヵ月後といった所だろう」

 人有らざる鳥の化身は先程までの怪しさを彼方へと捨て去り、慇懃に答えた。
 「主」・・・と呼ぶだけの事はあり、青年に向ける彼の言葉にはある種の敬意が窺える。

「そうですか・・・」

「忘れてはおらぬだろうが、云っておくぞ?、俺様は兎も角、連中はお前達人間への積極的な介入を嫌う。それが例え、己が忌むべき半身との戦いだろうとだ。連中は己の力が人間に及ぼす危険性を十二分に自覚しているからな。今後、使徒戦での助力はあてにすべきではない」

「勿論、それは存じております。あの方々の手は煩わせませんよ。・・・ただ、時期が重なればレオンさん達の回収を頼もうかと思ってましてね」

「ならば良いが・・・」


「それと・・「栗毛の小娘の件だな?」


 ――――――一際強い風が吹いた。バサバサと、衣服がはためく。


 人有らざるイズミは、垂れかかろうとする鳶色の前髪を鬱陶しげに掻きあげる。
 之までの世間話体とは打って変わった、より真摯な光を黒憧に宿し、覚悟を決める沈黙を挟んで、黒髪の青年は口を開く。

「・・・・・・ええ」

 短い肯定に込められたるは、不安と懸念、そして何かしらの”思い”だ。大事な宝物。それこそ、”何よりも”大切なそれを壊れないように、そっと取り扱うような。後悔、懐かしさ、嬉しさ、哀しさ・・・そんなモノが複雑に混じり合った、不思議な”思い”だ。

「良い訳は無いな・・・応急処置は施しておいたが、所詮応急は応急にすぎない。幼少より育てられた強迫観念じみた妄執は小娘の内、奥深くに未だ根付いている。
現在の人形の操り手と言う状況にしろ、過去のトラウマにしろ、何かが後押しすれば狂気は容易く噴出し、際限無く膨れ上がるだろう。そうなってしまえば、再治療は不可能だ」

「・・・そうですか」

 青年は俯き、翳る。

「・・・・・・だが、手遅れと言うほどでもない・・・治療と云うよりは矯正だが、方法は二つある。一つは一度人格を徹底的に破壊した後、本人が自力で全人格を再構築する事。もう一つは長い年月をかけ、外部から少しづつ矯正していく事」

 一泊入れる。青年はことさら真剣な表情で食い入るように聞き入っていた。

「前者はその者の魂が強くなければ・・・根源的な”強さ”を有していなければ精神を喪失して、死ぬ。文字通り、人間性と云うヤツが試されるわけだ。後者は度々”歪み”に呑みこまれようとする精神を”打ち直す”・・・鍛冶のような添え人が必要だ。そのどちらを取るにせよ、取らないにせよ・・・あの小娘を思うのならば人形などには乗らせるべき・・・いや、ネルフなどに近づけるべきではないがな」

 かなりの間、息を止めて聞き入っていたのだろう。青年は肺の中の空気を安堵と共に残らず全て吐き出した。彼が纏う張り詰めていた空気が、目に見えて軟化する。

「では・・「俺様はやらんぞ、面倒事は御免だ」

「解っていますよ、あなたに人助けは期待していません」

 間髪すら与えず断るイズミに、青年は苦笑する。

「うむ、その通りだ」

 ある意味非常にに失礼な青年のセリフにも、イズミは何故か満足げに頷いた。


「しかし、同胞全ての未来よりも一人の小娘―――いや、三人―――か?、子供を安ずるとは・・・おかしなものだ」

 人有らざるイズミは感慨深げに独白する。

「いえ、他の世話になった人達も―――です。理屈じゃないんですよ・・・どちらかと言うと、そちらの方が本来の目的ですしね。人類の未来に責任を感じれる程、僕は立派な人間じゃありませんし、そんな人間になるつもりもありません。見ず知らずの沢山の他人よりも、たった一人の近しい人間に手を貸したい」

 太陽光を反射し、光る海面に目を細める。

「それに、どんな立派なお題目を立てようとも、相手がどんな人間だろうとも、僕達がしている事は所詮人殺しです。僕もレオンさんもハヤトさんも・・・皆が皆、何らかの私事の為に、私怨の為に、エゴを通す為に仲間を利用しています。そんな人間が自分のした事に誇りをもとうなんて、おこがましいと思いませんか?」

「だが、それはそれで良いのかも知れん。大義の元に己を捨て、同胞を殺戮する事に何の感傷も抱かぬよりは、よほど」

 納得できない・・・その念を如実に含んだ苦い声が空間を震わせる。
 化身の姿は徐々にぼやけ、その輪郭を虚ろにしていった。

「この数年――――――ソンナ人間バカリヲ見テキタ」

 再び、紅目の鴉が姿を表した。
 流暢な物言いにたどたどしさが混じる。


「この国はまだ余裕がありますが・・・”外”は未だ、今日を生きるために親を、子を殺す・・・そんな御時世です。仕方のない事なのでしょう・・・そう、仕方がない・・・。非合法な研究所に子を売って、僅かな食料に安堵の息を洩らすのも。後になって後悔し、捨てた子供が復讐しに帰って来る夢に恐怖するのも――――――」


 陽光に細められた黒憧は、不思議な色合いを醸し出す。
 ある時は黒真珠の輝きを、またある時は鮮血のまどろみを。


「・・・・・・憶エオケ、我ガ主。チカラ二溺レ、初志ヲ忘レ、進ムベキ道ヲ踏ミ外シタ時、我ハ、汝ヲ殺ス」

「それが契約です。もし、僕が僕でなくなった時は・・・その時は・・・・・・お願いします」


 応えは言葉の替わりにと、力強い黒い羽ばたきが周囲のビル群に響き渡った。



「僕を、消して下さい」



 一陣の風が青年の柔らかな黒髪を撫で――――――――








 ――――――――――――風が吹き終わる時には、青年の影は既に消えていた。





 全くの無反応。



 そんなことは―――――――――ありえない。




 今は―――――――まだ。


 ファーストチルドレンを乗せてもウンともスンとも云わぬ試作型エヴァンゲリオン初号機に対し、E計画担当・赤木リツコ博士はそう断じた。ありえない。


 碇ユイ消失に絡んだ第壱次起動試験。それに続いた形で行われた、第二次起動試験の失敗後―――第壱拾八次までエヴァンゲリオン初号機の起動試験は行われるも、唯一度として、初号機は起動はおろか、シンクロする兆候すら見せなかった。

 それどころか―――試験末期にはファーストチルドレンに対する明らかな拒絶反応をも見せるに至り―――事実上最終となった第18次実験において暴走の兆候が現れた事がトドメとなり、遂に紫の鬼神・エヴァンゲリオン初号機はケイジに封印される運びとなった。そして、全く使えない初号機に替わり、手を加えれば使える試作機、エヴァンゲリオン零号機の調整が急ピッチで行われるようになった。


 そしてこの時、碇シンジの失踪より、既に一年が経過していた。


 同時期、ゲンドウは本部戦力の不足を理由にドイツ支部に弐号機引渡しを要求するも、ドイツ支部はパイロットの訓練未消化、弐号機自身の調整不足を理由にズルズルと要求を引き伸ばしている――――――。






 今はまだ、ありえない。


 この言葉は、初号機と言うモノを、エヴァンゲリオンと言う存在を理解しての言葉ではない。エヴァを完全に理解している人間などは、”今はもう”居ないのだから。
 エヴァを造った偉大な母達。碇ユイ・・・惣流キョウコ・ツェッペリン・・・そして、赤木ナオコ。皆が皆、子を残していなくなってしまった。
 更にもう一人、エヴァを・・・いや、その元である使徒について”知っていたかも知れない”人間。第一使徒アダムの発見者にして、その使徒の原動力たる永久機関、”S2機関”の原理である”S2理論”の提唱者―――葛城ハヤト。 彼もまた、子を残していなくなった。

 偉大な、偉大すぎる先人は皆が皆、我が子を残して逝ってしまった。それはエヴァと云う禁忌の業に触れた報いか。

 だが、”今はまだ”エヴァを理解できずとも、エヴァとパイロットたるチルドレンを中継するシンクロシステムは理解している。だから、ありえない―――そう、断言できる。そう、ありえない。初号機とレイがシンクロ出来ないなんて、まだ”彼女”は起きている筈も無いのに――――――。


 思考の袋小路。


 こんな時、あの人はなんと言うのかしら・・・?
 疲れているのか、唐突にそんな考えが浮かんでくる。


 何事にもイレギュラーはつきものだ・・・?

 問題はない・・・?



 ――――――違う。

 始めてのシンクロ実験が失敗した時の、あの人の小さな背中が―――今も目蓋に焼きついている。
 何時もの傲岸不遜な仮面の下に隠された哀しい素顔。冷たい雨の中、傘もなく独りぼっちで雨に打たれている子供のような・・・寂しい姿。


 ユイさん?・・・それとも、母さんだったかしら?、あの人の事を『可愛い』と称していたのは・・・・・・。


 科学者として尊敬していた・・・赤木ナオコ。

 母としての感情は・・・之からも理解することはないだろう・・・母。

 女としては・・・憎んでさえいた、あの女性(ヒト)


 あの時、一瞬ですら・・・寂しげなゲンドウの背中に目を奪われた自分に、何処か惹かれていく自分に、”女”である母の面影を強く感じて・・・・・・そんな自分を激しく嫌悪した。



 歯車が狂ってしまった?


 ――――――――――――違う。


 歯車は始めから噛みあっていなかったのではないのか?


 ”ありえない”を説明するには、それ以外にありえない。

 ここ数年でネルフの技術部長職に就き、真実と言う名の機密に触れる機会が多くなってから、感じた事がある。


 現実に対する、違和感を。


 初号機の起動実験もそうだが、最近”上”が妙に慌しい。

 形式上の上司である国連ではなく、実質上のネルフの上位組織である人類補完委員会。
 普段は傲岸不遜を形にしている老人達の失敗。その焦りの程ががぽつぽつと、司令、副司令を通して彼女へと伝わってくる。偶然の不祥事・・・ではないだろう。そんな可愛げのある上司ではないことは、司令の代理で議会によく出頭する副司令の愚痴からも容易く理解できるものだ。
 それに、その上司はことこの世界に置いて、神の如き権力をもって世界をコントロールしてきた。基本的に彼等がへまをする事は、ありえない。そして、彼等の陰謀を阻止する事も、それこそ神のような力を行使せねば、ありえない。


 そう、ありえないのだ。


 だが、現実はあらゆる想定の外をいっている。ネルフでも、委員会でも、誰のものでもない未来。

 ・・・・・・ここ最近、上がやらかしたへまの皺寄せか、予算回りも悪い。この分だとE計画どころか、都市の整備計画も大幅に遅れてしまうだろう・・・。


 これも・・・・・・誰かが予測した未来なのだろうか?


 誰も知らない―――――――神の如き第三者が。





 ――――――馬鹿馬鹿しい空想を振り払う。


 微妙に思考を調整され、絶えずせめぎ合い最良の一手を模索しようとする三つの異なる”母さん”。MAGIと言う名の形見に接続された端末の上を、10本の指が別々の生き物のように動き、魔法のような文字列を画面に躍らせる。


 そして、赤木リツコ博士はエヴァンゲリオン初号機の無期限凍結作業を終えた。
 カコン・・・と、最後のキーを押し、赤木リツコは薄暗い制御室を出る。


 彼女が部屋を出ると、ケイジからは明かりが消え、ブレーカーが落とされ・・・之から数年の間、ケイジ最奥はエヴァンゲリオン初号機の特等席となった。





 二人を包み込んだシャボン玉はあたかも意思を持っているかのような挙動をとり、下へ下へと沈みゆく。


 沈降し、陽光が膨大な海水に遮られて届かなくなった為か、暗い周囲にシャボン玉自身の”色”は良く映えた。内部の空気と外部の海水とを隔てるシャボン玉の膜は、血を薄めたように”薄ら赤い”。
 赤いシャボン玉は少し力を加えれば容易く変形する程柔らかかったが、水圧による収縮、変形、破裂の兆候は欠片ほども見られない。それは、紛れも無くATフィールドと呼ばれるモノの一種だった。


「へぇ・・・」


 唇から感嘆の吐息が洩れ出る。


 上から眺めるだけでは、その一部分しか分からなかったが・・・内部から眺める水中都市は圧倒的だった。文字通り、質量を伴って迫ってくる。大小長短様々なコンクリート片や柱、潰れかけたビル、半端に浮かび漂っている錆びついた車の亡骸までもが、複雑怪奇に絡み合い、苔に覆われ、魚の住処となり・・・視界のどこを取っても抽象画の世界を創り出していた。


 今はまだ、過去が皆を縛り付けている。
 最悪なるセカンドインパクトの象徴であるこの廃棄都市に足を運ぶものなどいないだろう。
 この国はあくまで例外的だが、未だ世界は飢え、”生きる”以外の余裕を失っている。美しいモノを愛でる事が可能な人間など、所詮は極少数に過ぎない。
 だが、世情が過去を忘れた時、生に余裕を見出した時、愚かしくもこの光景に値段をつける輩が現れる事だろう。ソコに棲むものを顧みず、ソコに眠るモノ達を無視して。

 人間とは何時か忘れる生き物さ―――そんな事を、レオンはぼんやりと考えていた。今は唯二人だけの光景となっている水中都市を、感慨深げに眺めながら。どうせなら―――隣りは陰気で無愛想なオヤジじゃなくて麗しい女性の方が良いなと、頭の片隅で嘆息しつつ。

 やがて、赤く巨大なシャボン玉はふわりと海底に降り立つ――――――。
 上半分だけの半球となったシャボン玉の中。彼等の靴が濡れたコンクリートをかつんと叩いた。

 そして時計を一瞥――――――時間だ。

「来たぞ」

 相も変わらず簡潔極まりない傍らの男の言葉に、潤いが欲しいと溜息を付く。
 紅い輪郭を、遠くからライト光が舐めた。


 細かく海水を震わせるモーター音。
 そこいらじゅうに乱立するコンクリート片を迂回し、時には取り除きながら、ライト光の主は段々と二人に近づいてくる。

 ・・・ちらりと視界に入って来たのは、機体前方部、その”胸”の部分から生えて前に突き出された、海中作業用の油圧式マニピュレータが二本。

 ガツンと、彼等とライト光の主とを遮る眼前の巨大なコンクリート片の隙間に、片側のマニピュレータは刺し込まれる。
 そして甲高いモーター音と共に、それは横にスライドし・・・深く埋もれた大地との接点から、大量の砂埃を海中に撒き散らした。


 ハヤトとレオンを包む赤い半球の周囲にも砂埃はたちこめ、彼等の視界を薄茶色に覆い尽くす。
 唯一色の砂の嵐の先。彼等を照らすライト光が不気味にその存在を誇示していた。

 やがて砂の嵐は納まって・・・・・・ライト光の主の姿が明らかになる。

 それは全長10メートルほどの、真っ黒な物体だった。全体としては薄い卵型をとっているが、細部は継ぎ目の見えない滑らかな流線を描いており、水中での抵抗を極力廃した機能美を誇っている。
 長大な背びれと卵円形の胸びれ。そして”エイ”のような、一本突き出た細長の”尻尾”はバランサーだろうか。

 前方下部。”胸”の部分に当たるところには、中央に大光量ライトとセンサー、その両脇に無骨な機銃が二門ある。芸術的な滑らかさの中に突き出した二門の機銃は、一際異彩を放っている。
 前方上部。”頭”に相当するところには、高圧にも十分耐えうる強化ガラスに包まれたコックピット。ただ、今はそこに人影はない。遠隔操作を行っているのか、完全な無人機だった。


 それはゆっくりとした挙動で彼等二人に接近し、その手前で静止した。

 ガコン・・・と云う響きと共に、その物体の”腹”が二つに割れ、黒い空洞が露になる。
 二人を捉えていたそれのセンサーが何かの意思を伝えようとするかのように収縮し、マニピュレータがその空洞内部を指し示した。
 この中に入れ・・・と云う意味らしい。

 その空洞は貨物ハッチのようだが・・・お世辞にも広いとは云えそうにない。いや、むしろ狭い。加えて、水中でのサルベージを目的として作られたハッチなのだから、勿論明かりなどという洒落た物もないだろう。そして最後。”レオンにとって”最もの気乗りしない要因が、一つ。その事実は鋭利な刃となって自称繊細なレオンの心を切り刻む。

 この狭い中に・・・大の男同士で入れと?


「・・・・・・冗談だろ?」


 その問に答える者は誰もいなかった。





 ―――半年前。


 その日、新横須賀の港は、古めかしい軍艦で溢れ返っていた。

「エヴァンゲリオン弐号機並びにパイロット。確かに受け取らせて頂きました」

 書類にされた荒々しいサインを確認し、ピッ・・・と、模範的な敬礼をするのは、葛城ミサト作戦部長。

「ああ・・・我々もまさか、軍人にもなって宅配便や子守りの真似事をする機会に恵まれるとは思ってもいなかったよ」

 ぴくりと、女作戦部長の方眉が一瞬吊り上がる。そして、眼差しに冷ややかさが宿った。

 全くの真顔で真っ向から皮肉を返すのは、国連軍大西洋艦隊司令。彼が指揮する艦隊はドイツはハンブルグより数ヶ月の航海を経て、極東の地、日本へとエヴァンゲリオン弐号機を輸送し・・・・・・たった今、その任を終えた所だ。その”いかにも”な口ひげを蓄えた海の男ぶりは、頑なで厳格・・・融通がきかない軍人像の模範と言えた。

 国連の海軍戦力の半分を指揮する男・・・と云えば聞こえは良いが、艦隊の風体は見るからに”前世紀から使い続けている老朽艦を十把一絡に寄せ集めた”と、言う感が強い。なんせ、セカンドインパクトから先、どの国でも金のかかる艦の新造は行われてはいないのだ。それどころか、軍隊の維持すら難しい国も多いのが現状だったりする。

「金食い虫なだけの馬鹿でかい人形で何をするのかは知らんが、再度ワシ等の手を煩わせるような事はないようにしてくれ。もう、こんな下らん任務は願い下げなのでな」

 再びピクリ。心なしか、暑苦しい筈の周囲の大気が急に冷めたような・・・。作戦部長の背後、たった今その身柄をネルフ本部に引き渡されたばかりのセカンドチルドレンたる栗色の髪の少女は、そんな錯覚に囚われてぶるりと身体を震わせた。

 フン―――――――それでも感情を挟まない女作戦部長の態度に肩透かしを食らったのか、不満と嘲り、そして少々の落胆を含んだ息を置き土産に、艦隊司令は副官を伴い、彼等が艦隊へと帰っていった。



 小さくなっていく彼等の背中を、更に温度を下げた絶対零度の眼差しで見つめながら、女作戦部長はぼそりと呟く。「アスカ、戻るわよ」
 その声は心底冷え冷えとしていた。

 引き攣った表情で頷く他、少女はこの気まず過ぎる雰囲気を乗り越える方法を知らなかった。


 ・
 ・
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 ・


「あんの堅物髭オヤジがぁぁぁぁぁぁ!!」
 ガスッ!
 同時にベコンッ!・・・と、何か、固い物がひしゃげる音。
 こうして、エヴァンゲリオン弐号機の陸送の為、急遽設けられた仮設テントに常備されていた三つのロッカーの内の一つは、葛城ミサト作戦部長のストレスを若干発散させる事に成功し、見事殉職を果たした。
 幾ら彼女が軍隊生活を経験していたとは云え、女性としてはあまりに常識はずれなその破壊力に心底慄くセカンドチルドレン。

「何よっ!・・・あの態度はっ!!」

 バンッ!!
 鉄拳制裁。その衝撃に金属製テーブルが小さく跳ねた。葛城ミサト作戦部長は、抑え難いほどに猛り狂う”思いの丈”を、テント内の備品であるテーブルにぶつけていた。

「やめなさいミサト・・・・・・コーヒーがこぼれるわ」

 注意を促しながらも片時と視線を液晶に映されたデータ群から動かさないのは、赤木リツコ技術部長。
 彼女は今、アスカの正面でノートパソコンを広げて右手でデータを打ち込んでいる。反対の左手は年中が常夏の暑さにも関わらず煮えたぎるほどに熱いブラックコーヒーの入り猫柄カップを保持し、腐れ縁の友の暴挙から器の中身を守っていた。

「だって!・・・リツコはあんな風に言われて悔しくないの!?」
「仕方の無い事よ。ネルフは膨大な予算をふんだくる金食い虫だもの・・・エヴァ3機分の年間維持費と、ネルフが之までに使った都市開発費・・・幾らか聞きたいの?、冗談抜きで国の一つや二つは傾かせているの?、之で使徒が来なかったら好い面の皮ね」
「だからって・・・」
「使徒がまだ現れていない以上、ネルフとエヴァの優位性を説いても意味はないわ・・・精々ひがませておきなさい」

 噛み付かんばかりの剣幕で詰め寄る腐れ縁の友に、これといった感慨もなく、ありのままを口にする赤木博士。それには葛城作戦部長も閉口し、黙った。

 そして―――作戦部長は少々暴れて気が晴れたのか、この暑さの中騒ぐのが馬鹿馬鹿しくなったのか、詰襟の制服の上着を脱いでテーブルに突っ伏す事にしたようだった。
 誰が何処から誰が持ってきたのか、テントの隅に置かれた年代物の扇風機が生温い大気を掻き回し、ミサトの黒髪をなびかせた。




 ――――特設テントの日陰で涼んでいる少女と女性二人にゆっくりと近づく影が一つ。




 ミサトが黙った事で、場の空気はようやく収まりを見せた。セカンドチルドレン、惣流アスカはリツコに近づき、小声で質問する。
「・・・なんでミサト、あそこまで怒ってるの?、ええと・・・・・・」
「赤木リツコよ。本部の技術部長をしているわ」
「アタシは・・・名前は知ってるだろうから・・・・・・アスカでいいわ。その替わりアタシもリツコって呼ぶけど?」
 本部内では様々な意味で恐れられている技術部長に、全く物怖じする事なくセカンドチルドレン。
 些細な物事には拘らない技術部長は、己の半分しか生きていない少女の提案にも気を害する事無く、
「構わないわ」
「じゃあ、改めて聞くけど・・・ミサトは何であんなに怒ってるの?、昔は・・・ドイツじゃもっと―――」

 その先はあまり本人の前で―――今のミサトの前では特に、口にするのは不味い類の単語だったらしく、口淀む。

「ここまで凶暴じゃなかったのに?」

 落ち着いていた―――と、好意的な表現使わないところは流石旧友と言った所か。

 そう――――――!
 と、少女は思わず反射的に頷きたくなるのを堪え、曖昧な笑みを浮かべる。

 ちらりと背後を振り向くが、ミサトは未だに机に突っ伏している。ほぅ・・・と、自然と安堵の息が盛れ出た。

「ドイツでの研修時代は・・・きっと猫被ってたんでしょう。大学時代は色んな意味で凄かったから・・・」
 過去を見つめる遠い目で。きっとそのころのミサトは何もかも振り切ってネルフに入った頃だから、ナーバスだったんだろう・・・・・・と、真相は心の内にしまっておく赤木博士。

 その脳裏に次に浮かんできたのは、無精髭で後ろ髪を尻尾のように伸ばしている男と一緒に並び、笑っているミサトと自分だ。記憶の中では男は男臭い笑みを浮かべてミサトと肩を組み、少し離れてリツコは苦笑している。

「うっさいわよリツコ・・・」と、顔を上げて旧友を覇気のない声で叱る。彼女の胡乱げな瞳もまた、過去を見ているのか先程までの力は無い。


 少女は数年前、ドイツ支部にやってきた研修時代の葛城ミサトを思い出す。
 何者にも気さくな彼女は皆に慕われ、少女にもよく話しかけてくれたが、誰とも深く関わろうとはしなかった。そして、時たま哀しそうな顔を見せ。時たま決意に満ちた怖い顔をしていた。

 その、当時の研修生中での最優良成績者を、あたかも珍獣を見るかののような瞳で惣流アスカは眺めた。料理を除けば完璧と、ドイツ支部では謡われていた女性を。畜生、騙された。
 少女の中の葛城ミサト像が音をたててガラガラと崩れてゆく。


「それに、最近の作戦部は苦情処理しかしてないから、ストレスが溜まってるんでしょう。ミサト、事務仕事は苦手だから」

 おまけとばかりに補足する赤木博士。
 現在の作戦部は正直、暇だ。攻めて来るかもしれない正体不明の脅威・・・しかも、既存の兵器では全く太刀打ち出来ず、相手側の戦力も不明・・・に対する作戦の予測など出来よう筈がない。実際にその時になるまでは。
 そして今・・・彼女とその部下達が給金泥棒にならないように任されている仕事は・・・重要でもないが捨てるわけにはいかない類の膨大な書類整理と、広報部紛いのネルフに対する苦情処理だった。


「やってらんねーわよ。あんでアタシが食堂の伝票整理なんてせにゃならんのよ」
 ケッッと、作戦部長は吐き捨てて、本格的にテーブルに突っ伏し、いじけた。
「あ〜いいですわね〜〜技術部長さんは〜〜〜。ちゃんとしたお仕事があって〜〜〜」
 風速最大の扇風機に顔を近づけてひがむもんだから、その言葉の語尾は微妙に伸びていた。云い終えるとばたんとテーブル上の両腕を枕に突っ伏してグチグチと文句をたれている。
 そのダラけきった上司の姿は、配属されたばかりの、上司直属の部下である栗毛の少女の理想の兵士像を粉々に砕き、その心を暗く、不安にさせた。

「ちょっとミサト!・・・アンタ、アタシの上司ならもう少しシャキっとしなさいよ!!」

 アスカの叱咤にも”ヘッ・・・”と、荒んだ瞳で悪ガキの如き反応を返す始末。
 如何しようか悩む少女は金髪の旧友に視線で助けを求めるが、そうなってしまったらもう処置無しと、呆れた視線が帰ってきた。


 ・・・かつんと、仮設テント入り口の鉄の軸を叩く音。


 ミサトを覗く二人は同時に振り向き・・・アスカは歓喜に表情を弾けさせた。リツコはその事を知っていたかのように、当たり前にその人物を見やる。
 近寄って声をかけようとする少女に、鉄軸を叩いた音の主は『しぃ・・・』と人差し指を口元に、『静かに』のジェスチャーをする。そして微かな足音も無く、突っ伏しているミサトの背後に回り、その丸まった背中を”ぱんっ!”と叩いて声をかけた。


「よっ!、葛城!」


 ――――――――――!!!!!!


 その昔聞きなれた、馴れ馴れしい挨拶に勢い良く跳ね起きて背後を見やる葛城ミサト。
 向かった先には、大学時代何時も近くに存在した男臭い笑みが待っていた。

「よう、葛城。元気か?」

「か・・か・・かかかっ!」

「どうした?」

 確信犯めいた悪戯な光を眼に灯し、その男、加持リョウジは笑っている。


「加持君!!!」


 どもろうとする声を強引にねじ伏せた大声が響いた。この分だと外にも聞こえているだろう。

「ん?、なんだ?」

「あんでアンタがここに居んの!?」

 怒りとも羞恥とも知れぬ感情に顔を真っ赤にして詰め寄るミサト。加持は待て待てと両手を前にする。

「知ってるだろ?、これでもアスカの護衛なんでね・・・それとも、俺がいちゃぁ不味かったか?」

 飄々と加持。ミサトは背を向けてうずくまり、「あぁ・・・そうだった・・・」「来るんじゃなかった・・」と、悔恨の真っ最中。



「加持君。日本には何時まで?」

「俺の仕事はアスカを本部に連れていくまでさ。仕事が終わり次第、さっさと別便でとんぼ返りだよ」

 リツコの問に返す加持。その返答に一番反応したのは、セカンドチルドレンたる少女だった。

「え・・・・加持さん・・・・・・帰っちゃうの?」

「ああ・・・」と、加持。それが余りにも予想外だったのか、少女は俯き、酷く落ち込んだ。

「また昔の三人でつるめると嬉しいんだが・・・勿論、アスカに会えなくなるのも辛いんだが・・・・・・まだ、ドイツに仕事を残していてね」


 そして、加持は輸送準備が終わった事を告げる。

 さっさとテントを出ていく技術部長を尻目に、「さ、行こうか」と呆然とする二人を促した。



 決して泣く事はないだろうが、少女は今にも泣きそうだった。



 加持はそれに気付きつつも、慰めの言葉をかけようとはしなかった。



 ・
 ・
 ・
 ・
 ・



 その、一時間後。



「ネルフドイツ支部、保安部所属―――セカンドチルドレン護衛官の―――加持リョウジ二尉です。どうも、始めまして―――碇司令」

 ネルフ本部。その最上階で、加持はゲンドウと会談していた。
 誰もが恐れるネルフ司令を前にしても、この男は決して飄々とした雰囲気を崩そうとしない。

「で、一介の護衛官でしかない俺を、わざわざドイツから呼び出したのは何故です?」

「君の経歴は調べさせてもらった」

 応えたのは副司令だ。薄い書類を片手に、もう片手を腰の後ろに、直立不動で定位置である執務机の傍らに立っている。

「徹底的に調べられて、コイツは大丈夫だと判断されたから、俺はセカンドチルドレンの護衛官をしてるんでしょう?」

 何を今更と、肩をすくめる加持。

「表の経歴ではないよ・・・裏の・・・そのまた裏の経歴だ」

 その言葉を合図に、加持の笑みが消えた。
 重苦しいばかりの緊張が、薄暗い部屋中を覆い尽くす。

 加持は鍛えぬかれた天性の嗅覚で危険を嗅ぎ分け、豊富な経験で判断をつける。

 敵か――――――味方か――――――――――――それ以外か。




 ――――――静かに熱く向かい合ったまま―――――――――時が流れた。




「君に一つ。仕事を頼みたい」


 唐突に口を開いたゲンドウの第一声はそれだった。
 予想外の言葉に、値踏むような眼差しを眼前の二人に向ける加持。


「危険な仕事だ」


「もしかして―――今回の弐号機の輸送自体。この事を隠す為のカモフラージュだったり――――――」

 しませんよね?
 嫌な思考は際限無く膨れ上がる。そこまでして秘匿しようとする仕事だ。その危険は並大抵の事ではないだろう――――――失敗しても、成功しても。

 白手袋の内側で外からは見えないがゲンドウが確かに笑ったのを加持は雰囲気から察した。ニヤリと。
 加持は苦笑し目を閉じて、肺の中の空気を全て吐き出した。断る事など、目の前の圧倒的な権力者はさせてくれないだろう。


「そいつはまた・・・随分とご大層な囮ですね」


 仕事を依頼するにしてもここまでしなければならない機密――――――。
 ソレは一体、どんな代物なのだろう?


「そして、君にしか出来ない事だ」


「報酬は?」


 そして、瞳を開ける。
 好奇の焔を、その黒瞳に爛々と灯らせて。


「君が望む真実を一つ。答えよう」


 何時もの男臭い笑みを浮かべ、加持リョウジはその申し出を承諾した。





 ”水中都市”旧東京から沖に20キロほど離れた、岩と砂だけの何もない海底。いや、”普段は”何もない海底に、今、たった一つの巨大な黒い影が存在していた。


 全長は100メートルほどだろうか。殆ど継ぎ目の見えない、滑らかで優美な曲線を描く装甲は、明らかに先のハヤト等を迎えた機体と同じ製作者の手によるものだ。その巨大な影は構造上の美しさと共に、真っ黒に塗りたくられた外装による禍々しさをも兼ね備えている。
 ”それ”は、その存在を知る極少数の者達に”ケトス”と呼ばれている潜水艦だ。所属国家はない。今は回転してはいないが、後部には二重になった巨大なスクリューが一つ。

 その”ケトス”の後方下部、微かな継ぎ目の奥の空間。
 凡そ十メートルを数える、薄暗く機械に囲まれた整備ドックらしき細長の空間。
 今そこに、黒い調査艇は収納されようとしていた。邪魔になる胸びれ、背びれは折りたたまれ、同程度の大きさしかない空間にすっぽりと身を潜める。その収納が確認されると同時に、ドック内の海水がゆっくりと外部に排水され、そして排水が確認されると同時に、天井に薄ら赤い灯りが灯った。

 時は、ハヤト達が旧東京の海底で迎えを受けてから、丁度一時間が流れていた。


 ―――圧縮空気が抜け、腹部貨物ハッチは再びガコン・・・と開く。今度は間の媒介が空気である為―――やや長く響いた。

 中の空洞からのっそりと伸びた男の腕は、開いたばかりのハッチをつかむ。まるでこれが精一杯・・・と言った弱々しい力がその腕に込められると、腹の内壁に体重を預けつつ、のそりのそりと、蒼白な表情のレオンが腹の中からから現れた。

「・・・・うぇ」
 口元を抑え、うずくまる。彼が酷く酔っているのは一目瞭然だ。

 ・・・そして、彼に続いて葛城ハヤトも貨物ハッチから現れる。こちらは何時もと同じ涼しい顔。目の前でうずくまり、胸を襲う気持ちの悪さにハァハァと荒い息をついている男などどこ拭く風と、興味深げに辺りの機器を見回している。

「・・・旦那・・・平気なんですかい?」
 丘に打ち上がられた魚のような、息も絶え絶えに問うレオンに無言で頷くハヤト。「化け物・・・」レオンは短く毒づいて、別の生き物を見るような目つきでハヤトを見た。

 その、視界の隅。ダストシュートにも似た円形状の扉が音もなく開くを半眼に捉える。周囲を見渡すが、他に完全気密されるこのドックへと繋がる”通路”はありそうにない。


 レオンは気分悪げにのっそりと、身体ごと円い扉に己を向けた。何時の間にか彼の隣りに立っている葛城ハヤトも、既にそちらを向いている。
 と、その扉から一つの影が現れる。光源が弱い為か、黒いシルエットしか分からない。しかし、メリハリのある体躯を持つその影が女性であることは明らかだった。彼女はドック内を一望するとやや乱れた前髪をかきあげて、真っ直ぐに二人の元へ歩を進めて来た。光源に近づくに連れ、その容姿が明らかになる。

 長身ですらりと均整の取れたプロポーションは、軍服に似たタイトな黒い制服に包まれている。その上に乗っかっている小さな顔は、10人いれば9人は振り返る程に整っているが、まず第一に目を引くのは、苛烈なまでの意思の強さを感じさせる切れ長の蒼瞳だろう。艶やかな光沢をもち、縁を綺麗に切りそろえたセミロングの黒髪を含めて、はっきりと東洋人と分かる顔の造型に対し、異なる血が成した業である蒼い瞳は一際異彩を放っていた。最も、瞳の蒼は彼女の美貌を損なわせる事は決してないだろうが・・・。


 踵の高い、頑丈そうなブーツを鳴らして、女性はハヤトの前に進み出た。
「お久しぶりです、博士」
「ああ、半年ぶりになるか・・・・・・欄芳、向こうへ帰っていたのではなかったのか?」

 歓迎の辞を述べる”ランファ”と呼ばれた女性に、いつも通りの無愛想さで返すハヤト。

「ええ、そのつもりだったんですけどね。今季の予算配分で一族郎党が雁首を揃えてましたんで、父上に挨拶だけして早々に戻って来たんですよ。どうせ、彼等にとっては異端でしかない私なんかには発言権はありませんしね」

 苦笑いしながら、欄方は云う。

「老師は息災か?
「ええ、相変わらず、一族の誰よりも元気ですよ・・・・・・博士も、お元気そうでなによりです」
「そうか」


「よぉ・・・久しぶり・・・」
 欄方とハヤトとの話が一段落したところでレオンは声をかけるが、そこに何時もの精彩などありはしない。
 げっそりとした青白い顔をしている。
「お久しぶりです。”ファントム”・・・・・・如何しました?」
「酔ったらしい」

 感情を挟まぬハヤトの声が欄芳の問に答えた。

「情けない・・・・・・本当に、これがインパクト混乱期に各国組織に恐れられたテロリスト。コード”ファントム”の姿とは・・・」
 呆れた風に云う欄芳に苦笑いする。
「相変わらず、手厳しい――――――けどな、アレの居住性、ちったぁ改善できないのか?、貨物ハッチとコックピットを比べる気はないが、それにしたって”ブレ過ぎ”だ」
「必要以上にぶれるのは恐らく、出力が不安定だから「まて」

 あまり洒落にならぬ事を口にする欄芳の言を反射的に塞ぐレオン。青い顔には更に冷や汗が浮かんでいる。

「―――するってぇと、なんだ?、途中で爆発するような可能性もあったのか?、」
「いえ、今はリミッターをつけていますから、どんな状態になろうとも最大出力の30%しかでない筈です」
「・・・そもそも、開発途中の機体なんて持ち出さんでくれ・・・」
 レオンの言葉には泣きが入っている。


「この機体―――汎用型高速潜行艇―――”オルカ”は、わが社の技術部が総力を結集してつくったもので―――」

 誇らしげに語る欄芳―――。

「―――予算を度外視して連中につくらせたら、やたらと高価、高性能でピーキー過ぎる機体になっちまったんだろう?、自分達でも調整しきれない位に。頼むからあの趣味人どもに好き勝手やらせんでくれ・・・実験台にされる身としちゃ堪らんぜ・・・」
「まぁ・・・そういう事で、社ではもう誰の手にも負えなくなったんで、葛城博士に見て頂こうと・・・」

 クルリとハヤトに向く欄芳―――と、途端に呆れ顔になる。
 葛城ハヤトは既に”オルカ”によじ登っていた。無論、彼は”オルカ”の整備マニュアルなどという物の存在は知らない。整備するにしても機体を立ち上げるには起動用のキーと、制御コンピュータを起動させるパスが必要なのだが・・・・・・どういう訳か、ハヤトは制御コンピュータを既に起動させていた。
 その様に、欄芳の表情は困惑を隠せなかった。


 ドックの床に胡座をかいているレオンと、その隣りに立つ欄芳。二人はハヤトの作業をやや呆然とした面持ちで眺めている。・・・と、レオンが口を開いた。
「・・・あの婆さんはどうしたよ?、まさか婆さんまでサジ投げたのか?」
「それが、他人の尻拭いはしたくないと」
 お手上げとばかりに両手を挙げる欄芳。
「・・・学者って奴は・・・なんでこう偏屈揃いなんだ・・・・・・」
「さぁ?」



「――――――社長」

「艦内では艦長と呼びなさい――――――どうしました?」

 この潜水艦のクルーらしき大柄な壮年の黒人男性が、ドック出入り口をくぐるように顔を覗かせていた。彼曰く―――未だ―――どんなに見積もっても二十代であろう、年若い欄芳がこの潜水艦の艦長らしい。

「おそらく気が付かれることはないでしょうが、20分後に本艦直上を戦時の海上巡視艇が巡回します・・・如何します?」

「つまらない事でリスクを負うつもりはありません。直ちに発進します」
「了解」

 若艦長の決断に迷いは無い。男性は既に通路の奥に消えていた。


「博士もこちらへ!、ブリッジに案内します!」
 若艦長は勇ましい声を張り上げた。


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 どんな高性能な潜水艦も居住性の面に置いては似たり寄ったり―――細い通路、狭い部屋、多人数でくつろげる場所は少なく、大きな音は厳禁―――つまり、何処をとっても宜しくない。
 その伝統をあます事無く世襲する、お世辞にも広いとは云えない”ケトス”のブリッジには人種、性別、年齢共に多種多様な人間が居、それぞれが慣れた手つきで担当の計器を操っていた。先程、ドックまで彼等を呼びに来た男は操舵手らしい。その隣りでは、ソナー要員らしい東南アジア系の年端も少女が艦の周囲に耳を傾けている。

 ブリッジに入って来るなり、欄芳は艦長席に組み込まれている通信機をONにすると、全艦放送で通達する。

「艦内へ通達。本艦は之より発進する。目標はシベリア最東部。作戦目的に最も近い海岸沖まで『彼等』を運ぶ。超磁気水流エンジンは出力10%を維持。消音航行で直上を通過する戦時巡視挺をやり過ごした後、エンジン出力40%で通常航行に移る。総員は持ち場へ戻れ!」


 その命令を期に、艦に熱が入った。
 隠密性を重視する潜水艦の性質上それは静かな熱さだが、熟練のクルー達が血となり、肉となって巨大な艦を一匹の巨大な生き物に仕上げ立てる。

「発進準備、整いました」

 艦長席の斜め後ろから完了の知らせ。
 訓練に訓練を詰んだ結果の極めて迅速なその行動に、若艦長の口元には満足げな笑みが浮かぶ。
 そして、息を吸い込み、鋭く吐いた。


「発進!」





 そして――――――数時間前。


 特務機関ネルフの本務、『使徒撃退』。しいては碇ゲンドウの『計画』への助勢の見返りに、『亡霊』を自称する彼等が提示してきた条件は三つ。


 一つは見返りでも何でもなく、ただ単に彼等の過去を詮索しない事。


 だが奇妙な事に、勝手に調べ回るのは全く構わないと彼等は云う。”リーダー”を称する黒髪の青年曰く・・・


『世界中の何処を漁っても、僕達の記録はもう残っていませんよ・・・』


 何者かによって消されたのか、自らが消して回ったのか、始めから過去など存在しないのか・・・本人達が自称する『名前』と言う記号以外の情報は、完全に抹消済みだそうだ。全てはそう、各々の心の中に在る形のみ。


 その所為なのか、提示された二つ目の条件は真っ当な『戸籍』だった。いや、『市民権』といった方が良いのかも知れない。世界中で最も危険で最も安全な第三新東京市。MAGIによって管理される銀色都市には生半可な偽造パスなど通用しない。その極めて近代的な監視フィールドで快適に生活するには、それは必須なのだろう。


 そして、最後の条件。


 それは、ファーストチルドレン、綾波レイの『計画』からの解放――――――。


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「碇・・・」

「解っている、冬月。俺達にはもう後がない。シナリオを書き直す時間すら、もはや残されてはいない・・・」

「・・・良いのか」

「ああ・・・ゼーレに対する意見は一致している――――――問題は、ない」

「・・・諦められるのか」

 補完計画を・・・と、心の内で言葉の続きを補足する。

「諦めるつもりは毛頭ない。連中の条件にも、俺達の計画の破棄は含まれていない―――」

 それに―――と、付け加える。「切り札の一つも、直に手に入る」
 冬月は僅かに顔をしかめると、前々から耐えかねた何かを噴出すかのように口を開いた。その中身は苦々しいもので詰まっている。

「あの男がそこまで信頼できるとは思えんがね、彼が老人達にたれ込めば、それだけで私達は終わりだ。」

「俺もあの男を信頼などしていない。だが、己の命と引き換えに老人達を喜ばせようとするほど、彼はゼーレのシンパではないよ」

 まだ納得がいかない冬月に向けて言葉を続ける。

「彼は優秀だ。その能力は十二分に信用できる。彼がこちらの情報を利用すると同じく、我々は彼の諜報能力を利用するだけだ。・・・互いに、どちらかが必要なくなる、その時までな」

「レイはどうする」

「・・・・・・」

 間髪いれずに続けてきた冬月に、ゲンドウの口が止まった。
 ゲンドウは一泊。深呼吸とも云えない僅かな空気を肺に取り込み、それを動力に思いの計画を言葉にする。


「問題は――――――ない」


 たった一つの関心事に、己の全てを傾ける事ができる純粋な念。
 それこそ、1人の人間が人生の全てをかけて消費するエネルギーを、その一点に傾けれるような―――限りない高みにまで昇華された、執念。

 その執念の向かう先は、復讐だ。何よりも、誰よりも大切な人を現実から奪った、世界への。


 如何なる義性を払おうとも、如何なる存在を敵にしようとも、如何なるモノを失い、奪われ、奪おうとも。


 たった一つが戻ってくれば――――――。


「時がくれば――――――」


 瞬間。


 ゲンドウと、冬月の視線が交錯した。

 互いの黒憧。その眼窩奥深くに不気味に燈る執念と云う名の冷酷なる暗い焔は、彼等にとって最も効率の良い、されど人の道からは余りにもかけ離れた、同じ未来を映している。


 そう――――――シナリオから外れた時には――――――





 その時には――――――





 三人目と、取り替えればいい――――――。





 突然の大破壊によって、数日前より第三新東京に入るものは皆無といえた。情報官制によって必要最低限の規制はされているものの、戦略自衛隊によるN2地雷を筆頭に、あまりにも派手に破壊が撒き散らされた為に規制のレベルはかなり低い。事実の隠蔽は事実上不可能・・・それがネルフ広報部の判断だ。


 出来た事はせいぜい『セカンドインパクト混乱期に使用されていた不発弾が爆発・・・未だ不特定多数の不発弾は地中に存在・・・』といった、偽の情報を流す事で『第三新東京近郊は危険ですから行かないように』と、これ以上直に使徒を目撃する民間人を減らす事程度。


 だが、今日に至ってはガラガラの筈の『行:第三新東京』の上りのモノレールには人影がちらほら。途中通過駅の駅員も、駅構内から物珍しげにモノレール内の風景を眺めていた。


 そして、今。
 終点・第三新東京駅に到着したばかりのモノレール。利益が見込めなくても走らせるのは、染み付いたプロ根性の成せる業か。最も帰りは大入りなのだが、この調子では下りの客がこの街からいなくなるのもそう遠い日ではないだろう・・・。


「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん・・・・・・やぁっと着いたー!!」


 モノレールから飛び出るようにプラットホーム降り立って、長旅の凝りをほぐすかのように背伸びをするのは、快活を形にしたような、生気溢れる小柄な少女だ。頭ごと大きな瞳をあちらこちらへ動かすと、ポニーテールに纏められた茶色の長髪がくるりくるりと空に踊る。

「ちょっとケイ・・・先が詰まってるんだから早くどいてよ!」

 大きな旅行鞄とはちきれそうな程に膨らんだナップサックを背負った少年が、少女越しに見える・・・之から疎開する・・・人垣をその視界に入れるや否や、ケイなる少女を後ろからはやした。

「なによショウ・・・もう少し浸らせてくれてもいいじゃない?、こう・・・新しき新天地の文明高き香りとか・・・故郷に別れを告げて始めて見知らぬ街に足を踏み入れた幼い少女の感傷とか・・・・・巧くやっていけるかわからない不安と未知のモノに対する期待とがごっちゃになった不確定な未来へかける情熱とかをね?」

「そんなのは後から幾らでも浸らせてあげるから、人様の迷惑にならないうちにさっさとどく!」

 前に突き出した旅行鞄で少女を押し出す少年。少女は不平そうな表情で鞄に押されて構内に歩を進めた。

 二人の少年と少女・・・いや、彼等は丁度、子供から大人への階段を昇る最中にいる。少年と呼ぶには大きすぎ、、青年と呼ぶには気が引ける・・・そんな不安定な年代だ。年の頃は16,7だろうか、その背は同年代に比べて高く、小柄な少女の隣りに立つ事でそれはより強調されている。きっちりと切りそろえた黒の短髪の下の顔には、あどけなさと精悍さ・・・そして、やや年に不相応な落ち着きが入り混じっていた。


 ・・・少年の次にモノレールから出てきたのは、女性だ。顔立ちの整った、綺麗な女性。清潔な白いワンピースを着て、同じく白い日傘を片手に下げて麦藁帽子を被っている。そこから伸びる長い鳶色の長髪が風に流され、不思議な光沢を生んでいた。目元は幸せそうな下がり気味、口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
 かつんかつんと、一歩一歩。のんびりとした足取りで彼女も構内へと降り立った。


 ・・・・・・最後に出て来たのは、長身で非常にがっしりとした体躯の老人・・・・・・と、彼に背負われて、すうすうと小さな寝息をつく長い金髪の少女だ。老人と少女は以前・・・と云っても数日と経ってはいないが、碇ゲンドウの誘拐に一躍かった暗殺者達。
 銀髪に近い白髪と、生やした白髭に覆われた口元。眉間に刻まれた深い皺と、くすんだトパーズの眼差し。ぴんと伸ばされた背筋に、人一人背負おうとも揺るぎもしない頑健な足腰。それ等は合い重なりあって、誰しもに岩を連想させた。
 金髪の少女、小さな暗殺者はその背中で眠っている。その寝顔は非常に穏やかなものだ。少女はだぼっとした大きなTシャツと紺のGパンという・・・非常に簡素で動き易い格好をしている。


 そんな、普段なら気に止める事間違い無い奇妙な客達を、之から街を出ようとする人達は気にも止めはしなかった。老人が下りると同時に、我よ我よと大量の荷物を抱えてモノレール内へと殺到する。
 先のセカンドインパクト時の経験が余程心に根を下ろしているのか、彼等は必死だった。その混乱期を生き抜いて来た人間は大抵の場合、第六感とも云う、危険にへの嗅覚が発達している。その感覚が、警告するのだ。『逃げたほうが身のためだ』と。


「・・・懸命な、判断か・・・・・・」
 老人は僅かに振り向き、そんな行き急ぐ彼等を一瞥すると、相貌通りの岩の様な固い声で呟いた。

 その足が進む先、駅を出た所で、前の三人が待っていた。
 少年は物珍しげに辺りを見回る少女のおもちゃになっている。
 女性は日傘を差してベンチにすわり、少年少女を微笑ましげに眺めていた。

 少女を背負った老人は一定の歩調で、改札を潜り、構内を抜け――――――外に出る。



 ―――――――――日差しが、眩しい。


 その両目が反射的に細まる。


「では、行きましょうか」


 白い日傘を差した鳶色の髪の女性が立ち上がり、老人に優しく微笑んだ。




 to be continued





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